No.1867 笑っちゃいます
在職中のお話ですが、イギリスからシェリル先生がAETとして来日し、数年間、教壇に立ったことがあります。
職員室で談話中に、某女先生が、
「ぜんぜん面白くって、笑っちゃいました!」
と言ったら、すかさず、
「ゼンゼンハ、シタニ、ウチケシガクルトオモッテイマシタ!」
と言ったので、みんなが驚き大笑いしました。女先生、1本とられました。
ところが、この「全然」という言葉が中国から入ってきた江戸時代には、肯定語として使用されることがあったといいます。ただ、「全然」が広まったのは明治時代だそうで、主に明治時代の文学作品など明治時代から戦前までの近代語に見られ、否定表現を伴わず「すっかり、ことごとく、完全に、全面的に」の意味で使われたといいます。
明治時代には、漱石も鴎外も啄木も、「全然」を否定を伴わずに使っている例があるそうです。国語の教科書に芥川龍之介『羅生門』(1915年・大正4年)が採られていますが、その中の一文にも、
「これを見ると、下人は初めて明白に、この老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されているということを意識した。」
と出てきます。確かに、ここにいう「全然」は「すっかり」や「完全に」の意味の肯定語として使われています。
ところが、その後の学校教育の「文法」で、「全然」を否定表現で使うことの方が多くなり、肯定用法の使用が減っていったそうです。1955年(昭和30年)の国立国語研究所の調査(「語形確定のための基礎調査」)の結果でも、「全然すばらしい」という肯定表現を適切とする人はごく少数で、1960年(昭和35年)の指導要領には「全然は否定語を伴う」と明記されているそうです。
したがって、「全然」の肯定語は、その後、若者を中心に肯定用法が自然に広まっていったのではないかといわれています。そして、現在、肯定語としての「全然」が、もともと使用されていた言葉の使い方に近かったということになるようです。
私たちは、外国の文法教育にならった国語の文法体系が整えられ、「全然」は否定語を伴う陳述の副詞であると長らく教え込まれ刷り込まれたので、肯定語として使われると違和感を持つのでしょう。
私の手元にある『現代新国語辞典』(学研、改訂第三版、2002年)にも、
ぜんぜん【全然】(副)①⦅下に打ち消しの語を伴って⦆ちっとも(…ない)。まるで(…ない)。「-おもしろくない」②(俗)⦅下に打ち消しや否定の語を伴わずに⦆非常に。ものすごく。「-すばらしい」「-いい」
とあり、「全然」が否定語としても肯定語としても扱われていました。
ということは、1960年から2000年の間、もっと言うなら20世紀の後半から末期にかけて、「全然」は「肯定語」として、多くは、若い世代に受け入れられていったのでしょう。ある意味、俗語として生きる道を選んだ「ぜんぜん」ですが、ともすると、こんな七十代の爺さんでも、
「ぜんぜん、オーケーよ!」
なんて言ったりしているのですから、もう、笑っちゃいます。
※画像は、クリエイター・服部佳弘さんの、タイトル「笑顔を忘れているあなたへ、喜びの猫川柳🐈」から「照れ笑い。」の1葉をかたじけなくしました。私も照れ笑いの「ぜんぜん」使用者です。お礼を申し上げます。
