お題 : 晴れた日に
晴れた日に、世界は少しだけやわらかくなる。
冬の名残を残した風の中に、
どこか甘い匂いが混じる朝だった。
「ねえ、聞こえる?」
ミオがそう言って、僕の袖を軽く引いた。
川沿いの土手。枯れ草の下から、微かな音がする。
「土が動いてる」
よく見ると、土の表面がかすかに割れている。
小さな虫が、ゆっくりと外へ出てきた。
「啓蟄だね」
僕が言うと、ミオは嬉しそうに頷いた。
「冬のあいだ眠ってたものが、みんな起きる日」
そう言いながら、彼女は空を見上げた。
晴れた光が、頬をやわらかく照らす。
ミオの横顔を見ると、胸の奥が少しだけ熱くなる。
高校三年の春。
あと少しで、僕たちは別々の場所へ行く。
ずっと隣にいたのに、
今さら、どうしてこんなふうに思うんだろう。
「ねえ」
ミオが言った。
「春ってさ、怖くない?」
「怖い?」
「うん。冬のままだったら、何も変わらないで済むでしょ」
彼女は草の芽を指先で撫でる。
その仕草が、妙に静かで、優しい。
「でも、春になると…」
言葉が止まる。
風が吹いた。
ミオの髪がふわりと揺れて、
僕の肩に少しだけ触れる。
その瞬間、胸が痛いくらいに鳴った。
「…隠してた気持ちが、出てきちゃう」
小さな声だった。
僕は思わず、彼女の名前を呼ぶ。
「ミオ」
彼女が振り向く。
すぐ近くに、目がある。
こんな距離で見たのは、初めてかもしれない。
春の光の中で、
彼女の瞳は少しだけ濡れて見えた。
「ねえ」
ミオが笑う。
「今、わかった」
「なにが?」
「わたし、冬のあいだ、ずっと眠ってた」
彼女は一歩近づく。
僕の手のすぐ横まで。
触れそうで、触れない距離。
「でもね」
声が、少し甘くなる。
「今、起きたみたい」
心臓が、音を立てる。
僕は、ゆっくりと手を伸ばす。
彼女の指先に、そっと触れる。
逃げなかった。
むしろミオの方が、
少しだけ指を絡めてきた。
「晴れててよかったね」
彼女が囁く。
「どうして?」
「だって」
ミオは笑った。
春の匂いのする笑顔で。
「こんな日に恋が始まったら、きっと忘れない」
川が光っていた。
土の下で眠っていたものたちが、
みんな目を覚ましていく。
虫も、
草も、
そして、僕たちも。
晴れた日に。
長い冬のあとで。
僕たちは、
やっと恋を始めた。
晴れし日に土のひそかな目覚めあり
君の指先春を連れてく
[完]
ʕ•ᴥ•ʔ小牧幸助部長様、提出致しま~す•*¨*•.¸♬︎
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