お題 : 三月は
三月は、嘘みたいに風がやわらぐ。
駅前の並木はまだ裸木なのに、空気だけが春の匂いを含んでいる。私はマフラーをゆるめながら、改札の向こうに立つ彼を見つけた。
「待った?」
そう言って笑う横顔が、冬より少しだけ近い。吐く息はもう白くならないのに、胸の奥だけがひやりとする。
私たちは高校の同級生だった。卒業式の日、何も言えずに別れたまま、それぞれの街で一年を過ごした。今日は、たまたま帰省の日が重なっただけ。それなのに、胸はやけに騒がしい。
「三月ってさ、やり直すにはちょうどいいよな」
彼が言う。
やり直す、という言葉に、指先が震えた。
川沿いの遊歩道を並んで歩く。枯れ草のあいだから、柔らかな新芽がのぞいている。私は去年の自分を思い出す。強がって、平気なふりをして、本当はずっと、彼のいない季節に戸惑っていたこと。
「連絡、しようと思えばできたのに」
責めるつもりはなかった。けれど、声は少しだけ掠れた。
彼は立ち止まり、私の手袋越しの手をそっと包む。
驚くほど自然な仕草だった。
「怖かった。お前がもう、俺のこと必要としてなかったらって」
三月の風が、ふたりのあいだを通り抜ける。
逃げ道みたいだった距離が、いまは埋まっていく。
私は小さく笑う。
「必要だよ。ずっと」
その一言で、冬の終わりがほどける。
彼の指先が、手袋の端から私の素肌に触れた。ひとつだけ、鼓動が跳ねる。
遠くで、早咲きの桜がほころんでいた。まだ満開には遠い、ためらいがちな花。
三月は、始まりと終わりが重なる季節。
別れの余韻を抱えたまま、それでも誰かを選び直すことができる月。
彼は私の額に、触れるか触れないかの距離で囁く。
「今度は、離さない」
胸の奥で、何かが芽吹く音がした。
三月は、恋がもう一度、息をする。
[完]
ʕ•ᴥ•ʔ小牧幸助部長様、提出致しま~す•*¨*•.¸♬︎
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