禅体験するべき理由
ゆとり世代(広義のゲイ)の皆様、こんにちは。
まずは、私が体験した寺での禅修行を綴る記事を寺に行ってから2年と3ヶ月弱くらいという節目の日に執筆できることを感謝いたします。
敬虔な仏教徒である皆様におかれましては非常に奇妙なことだとは思いますが、私は僧侶という職業自体に疑問を抱いた経験があります。実際に過去の大規模な調査(*1)では、男女18歳〜74歳のうち実に約6割が僧侶への印象について“古今東西で謎に位の高いハゲ”と答えています。
私も小学生の時分には多くの人と同じような印象を持っていたのですが、ある日、クラスの友人Aが
「坊さんって俺らが考えるようなことは全部考え尽くしてるらしい…」
と、急に耳元で囁いてきたことがありました。
その後も
「坊さんは瞑想の時に全部考えてるらしい。坊さんは瞑想のために生きてるらしい。だから全部知っていて昔から偉いらしい」
と捲し立て、真偽不明かつセンシティブな情報に当時の私は少なからず影響を受けることに。
そして時は過ぎ25年が経った春のある日、久しぶりに友人Aから
「離婚したから遠く行こうぜ」
と電話があった。まずこいつは離婚されて当然の人間なんだけど、とりあえず旅行には賛成だったから「おかえり」と結婚したことない私は彼をこちら側へ温かく迎え入れることにした。
早速どこへ行くか話し合いが始まり、私は砂漠か草原、Aは北極か南極とか言い出したのだが、どちらの案も曖昧だし社会という敵から遠ざかりたい願望が表れすぎている。その後も協議が長引く中で自然な流れで僧侶の話題へ移行すると、一躍候補に上がったのが寺修行体験であった。こうなると寺に行くと決めるまでは謎に早かった。
寺と言ってもタイとかの寺院はガチすぎて怖いから日本の寺でカジュアル禅修行することにしました。遠くと言うには全然国内だが精神旅行的観念で言えば遠くに違いない。調べてみると日本各所に禅体験ができる寺院があったんだけど、やはり行くなら京都だ。修行しました感も出しやすいから。
Aがネットで見つけた寺に申し込んだのだが、3泊から修行可能で、1週間や1ヶ月以上なんかもある。おすすめはしないけどどうしてもと言うなら2泊も可能らしい。覚悟の決まっている私たちはもちろん2泊を連打した。
そしてバカが混雑に突進して更なる混雑を作り出す5月、私たち独身男性2人は京都の曹洞宗の寺に2泊3日の禅修行に赴くのであった。
初体験❣️
ロマンチックテンプル
京都駅に集合した私とAは、電車を乗り継いで山しかない町にやってきました。ここに我々が修行する寺がある。その名も禅センター。センターとか付けていいのでしょうか?いや別にいいんだけど古風さがないというか自慢しにくいっていうか、センターってあなた。しかも道中でGoogleマップの口コミの中に「ここでのトラウマが原因で精神病院に入院することになってしまいました」との不穏な投稿を発見するハメに。いきなり帰りたくて仕方ないが、持ち前の明るさで「俺たちも入院することになる」とか言いつつ寺を目指すも、やはり逆効果でAが急に不安になり始め
「寺のメシってさ、絶対たくあん出るよな。俺食えないんだよたくあん。まず黄色なのが無理」
「正座させられんのかな。オスグッドなんだけど」
何しに行くつもりでいるのか、もはや意味不明なA。そしてこいつ寺に行ってもオスグッドとかいう単語出すつもりなのか。
言ってても仕方ないのでとりあえず見るだけ見てみようとパチンコ屋行くみたいなことを言いつつ歩くこと約20分、見えてきました。丘を登った先に、僕たちが禅体験するかもしれない寺が。(この時点でまだ決心できてない)
石段を登った先に寺の門が見えるが、ここまでの道のりで出てきた疲れもあってか直前でやはり嫌になり「本当に寺行くの?パチンコ行っちゃう?」と半ば本気の冗談を言いつつも指定時間というものがあるらしいので渋々ながら意を決しまして、いざ入山。
そしたら早速奥から坊主風の若い男がやってくるではないですか。静かな足取りで近寄ってきた清廉そうな彼は、油そばみたいな顔した僕たちを寺の中へ案内し、なんか部屋に通された。案内役の彼は佇まいから言葉の発し方に至るまで俗世の汚れを感じさせず、なんというかすごく格好良かった。え?俺たち今からコレになるの?と、むくんだ顔で考えていると今度はビデオを渡された。有無を言わさず謎の部屋の謎のビデオデッキでビデオが再生されると、注意事項と共にこの寺での過ごし方講座が始まった。
とにかく作法が重要ということらしく、そして何やら食事の時が特に作法の応酬がヤバいらしい。こんなん1回見ただけでできる自信ないからその時になったら隣チラチラ見てやろうと思っていたまさにその時
「これで以上になりますが、禅堂に入る時や食事の時など、隣を見たりせず作法に集中するようにしてください」
と言われ正直たまげた。どうやら俺たちはまだお客様気分が抜けてなかったようだ。
夕方の坐禅から既にいる一般修行者と合流し生活を共にしろとだけ言われて解放された俺たちは最後に手渡されたパンフレット及び地図を見ることにした。どうやら本堂の他に坐禅するための禅堂があり、俺たちはこの禅堂に泊まるらしい。禅堂と同じ建物に食堂、談話室といった部屋もあり、シャワーとかも付いてるらしかった。本堂から少し離れた敷地には個室があり、ほとんどの一般修行者はそこを使ってるとか。いや個室ってなんだ、お客様気分か、おまえらも禅堂泊まれよ。ていうかなんで俺たちだけ何も言われず禅堂とかいう気の休まらなそうな場所で寝ることになってるんだ。
とか思ってたらパンフレットの端に気になる注意書きが。
“喫煙は推奨していません。
喫煙する方は指定の場所で”
なになに?
吸ってもいいのか?
タバコを?
一応持ってきたけど(笑)
小さく書いてある文字を拡大解釈して勝手に吸える気になってる私とA。しかし肝心の喫煙所が地図に記されていない。実際に地図にある場所を歩き回ってみたがそれらしき場所はなく(どれだけ吸いたいんだ)私とAは途方に暮れた。
いやいや、タバコ吸っていいって言ってる(言ってない)んだから、絶対あるはずだ!
こうなりゃそこらへん歩いてる一般修行者の中でタバコ吸ってそうなやつに声かけて聞いてみるしかねえ。と、ベンチに座ってただ歩いてる人をじっと観察し始める私たち。
しかし全然喫煙者でもない人に声をかけてしまったら俺たちがバカすぎて寺来たと思われるから簡単に声をかけることができない。
そもそもいるのか?寺に来てまでタバコ吸うつもりでしたっつーどうしようもねえ野郎はよ(おれたち)
そして慎重派の私が、吸ってそうだけど実は吸ってなさそうと見せかけて本当に吸ってそうとか考えて声をかけられないままでいると、寝癖つけて歩いてるボンクラそうな男にAが声をかけに行っていた。
あ!ちょっと待てA早まるな!そいつはボンクラには違いなさそうだけど逆に吸ってない!そういう何もできなさそうなやつは総じて逆に吸ってないー!
ええ、吸ってました。
見た目通りの人物との遭遇、そして寺の中で唯一であろう先輩喫煙者を一発で引いたことに脳汁が迸る。
Aは「ひねりいらねえから!」と嬉しそうだ。そこに本人いるのにボンクラ決め打ちじゃないとできない発言だ。
そしてボンクラそうな彼は、一般修行者たちの個室区域にある物干し竿の前に僕らを案内すると、地面を指差して灰皿があることを教えてくれた。
この灰皿、一見わかりにくい色と形をしているが確かにこれは灰皿だ。こいつもどんだけ吸いたくてこれ見つけたんだ。きっとボンクラすぎて寺に連れて来られたに違いない!とか教えてもらっといて大変失礼なことを考えていたが、丘の上から夕日に照らされる景色を見ながら吸うタバコは最高だった。ボンクラも笑顔を見せながらタバコ吸ってる。この寺、意外に悪くなさそうだ。まだタバコ吸える以外なんにもしらないけど。

ボンクラ(かわいそうなので以降B君とする)は1週間前に入った一般修行者で、やはりダメすぎて親に強制的に入れられたらしいことがその時わかった。しかも下山日が決まってないとのことで、本当にぶちこまれた形なんだこの人、と納得していると、他にも寺のことについて色々教えてくれた。寺には当然ながら和尚がいて、他に常住さんなる長期修行者たちが数人存在してるらしい。その人たちが飯作ったりとか一般修行者の世話をしたりしてるとかで、ビシバシ指導が入るらしい。想像はしてたけどやっぱり怖い。最初にいた案内役の彼も常住のひとりだった。
そうこうしているうちに時間がきた。禅堂に行かなきゃ。いきなり坐禅の本番だ。さっき見た作法とかもう自信がない。私はこういうのには敬意を持って真面目にやるタイプだから緊張した。逆にAは敬意とかなさそうだから普通の顔をしていた。
禅堂の中ではそれぞれ坐禅する場所が決められていて、空いてるとこに行けと言われたのでその通りにすることにした。
禅堂ではすでに10人くらい坐禅していた。どれも俺たちみたいな一般修行者らしい。すげえ静かだ。作法を遵守しようとする私を横目にAは手を小さく合わせてちゃちゃっとした敬意のなさそうな動きでさっさと空いてるところに行ってしまった。なんだこいつ、最初くらいちゃんとしろよ。みんな瞑想してるから誰にも見られずに済んだけどすごい指導入りそうな動きだったぞ。
そして私も空いてるところに行くと、丸っこくて厚みのある座布団みたいなやつがあった。その名も座布(ザフ)というらしい。この上にケツだけ乗っけて足を組んで座るのだ。坐禅中はとにかく動かず静かにすることが一番大事で、これを25分3セットやるとか。この体勢で25分?しかも3回も?動かず?少しは動かしてくれよと泣き言で頭が一杯になったが、一応セットの合間に作法に則りながら下の部屋に行くと5分だけ休憩できるらしいんだけどそこでもしゃべってはいけないし音も極力立ててはならないらしい。それ休憩になるか?
そして最初の25分の終了を告げる鐘が鳴った。みんな作法の変な歩き方で移動してる。俺も早く下に行きたいけど足が痺れてうまく歩けねえ。でも作法的には痺れてらんないから我慢して歩いたけどこれキツくねえか。しかも朝夕とこれがある。つまり1日3時間もこんなことやるのか。なんでこんなところに来てしまったんだ俺は。早く帰りたい。
そして3セット目に入る時に私の隣にいるのが例のB君であることに気付いた。
なんでもそつなくこなす私でもちょっとキツい坐禅ですが、何もできなさそうなB君はどんな坐禅組みはるんですかのお?ひひっ、要チェックや!と修行者にあるまじき思考で薄目でチラリと横を見ると、なんと彼、ピクリとも動いていなかったのです。こいつ坐禅は上手なんだ…。
そして初めての本格坐禅体験が終わるともうやることがない。すぐさま灰皿のとこまで歩いていく私とAとB君。もう寺にタバコ吸いに来てる。
今日はこの後みんなで飯食ったら和尚の話聞いて寝るだけらしい。わーい。
夕食には自分の茶碗と箸を布に包んでいる食器セットみたいなのを持って食堂に集合する。食事中はずっと正座らしい。ふとAを見ると視線でオスグッドのことを言いたそうしているのがわかり笑いそうになった。そして時間になると私たちは作法に則り列を作って無言で食堂へ。
全員が正座をすると背筋を伸ばし大声でお経を唱えて作法に則りながら食事をもらう。いきなりの本気(マジ)お経がうるさくてビビったが、お経は読むだけだしうまく読めなくてもうるさくてバレないから簡単だった。食器の出し方とかも厳しく定められているのだが、やっぱりわからないので隣の人のをチラチラ見ていると優しい一般修行者さんが小声で教えてくれたりして助かった。飯はすごく質素で全然足りなかったが、おかわりをもらう時の作法が面倒くさかったので我慢することにした。ちなみに毎食必ずたくあんが出る。Aはたくあんが黄色なのが無理とか言ってたな。うむ、たしかに黄色い。寺にあるまじき黄色さだ(関係ない)。
そして食事の最後には茶碗にお湯を注がれ、たくあんで茶碗の汚れを拭き取ってお湯ごといただくのだ。あれだけAのこと言っといてなんだが私もたくあんは嫌い寄りの部類に入るので内心ゲエー!と思ったがお腹空いてたので全然いけた。最後に、包んでた布で茶碗と箸をサッと拭いて所定の動作で元通り包むと作法完了だ。もちろん別で洗ったりしない。自分の作法次第で使用する食器の清潔さが変わるのだ。
ちなみに食事は全体で行うものだから、自分の食事が終わっても全員の作法が完了しないとずっと正座のままらしい。せっかくおかわり我慢して早く終わらせたのに!私の足はもう限界だ。立った時もうどうなるかわかんない。てかノロノロやってるやつ誰だよ!と周囲を横目で伺うと、例のB君が茶碗をうまくしまえずにガシャガシャ崩したりしてた。テメーこの1週間なにしててん!B君より後に来たであろう一般修行者に小声で教えてもらってる始末。食事中しゃべってはいけないが、これには常住さんも特に口を出さず見守っている。なんとかみんな終わり、一斉に起立するも、私は足が痺れすぎて自分の意志とは無関係に転げてしまった。Aはたくあんを丸飲みしたらしい。
そして2日目。
丸一日修行者として過ごすのはこの日だけだ。
早朝、大きな鐘の音で起こされる。禅堂で寝ているのは私とAの他には例のB君と最初に案内してくれた常住さんの4人だけだった。ダメなやつが禅堂に集められてる感じがしたのは気のせいだろうか。それにしてもAがいびきをかく上に寝付きも早い迷惑な存在なのは知っていたが、B君も普通にいびきをかいていたので昨晩はあまり寝られなかった。寝ぼけたまま外に出され、坊さんが好きそうな体操(どんなだ)をやらされた。静かに1日を過ごすための土台になるのが朝の時間らしい。
朝の坐禅までの間にみんな静かに集合して、常住さんが一般修行者たちに朝食の準備係などの役を割り当てていると、いきなり外からゴゥンゴゥンと洗濯機が稼働する機械音が聞こえてきました。これには常住さんもびっくり。洗濯機などの使用は坐禅と朝食が終わってからと厳しく定められているにも関わらずの暴挙!
こんなことをする無作法者は誰だ?誰だ?あいつか?やっぱりあいつなのか?あいつであってくれ!例の彼への期待に胸が高鳴る僕。
そこへやってしまった顔で現れたのはやはり例のB君だ。
もう絶対期待裏切らないんだよね。この時点で私のB君に対する評価はうなぎのぼり。お前は頑張ってるよ。要領が悪いだけで何も間違ってない。俺はお前の味方だ。
2日目ともなると昨日とは明らかに坐禅の集中力が違う。昨日和尚が「坐禅は何も考えてはいけない。考えてはいけないと考えることすらダメ。もし考えやイメージが脳裏をかすめても追わないこと。そもそも考えるからみんな不幸になる。わたしは普段から何も考えてないから幸せ」とアドバイスをくれたのが効いてる。回数を重ねるごとに瞑想状態に強く入り込めた。これは今日中に解脱も可能なのではないか。坊さんは瞑想中に考え事してると言ってた張本人のAは途中で鼻息を注意されていた。
そして朝食、相変わらず質素だがすごく美味しく感じる。というよりうますぎる。腹減ってるからとかそんなちゃちなもんじゃあ断じてない。2日目にしてわかりやすい変化がすでに表れていた。Aは相変わらずたくあんを丸飲みしているのでゲップを抑えるのが大変だと言っていた。
午前の束の間の休息の後には昼まで作務という、いわゆる掃除をする。掃除も修行の一環であることに疑いの余地はなく、終始無言の集中が求められる。私は持ち場の掃除が終わって気まずそうにウロウロするのが恥ずかしいので綺麗なところをずっと掃除してました。Aはチリトリないか大声で聞いてて指導くらってた。見回っていた和尚は「無心無心」と言いながらどこかに消えていった。
そして昼食が終わるとやることないから夕方の坐禅までは自由時間らしい。昨日から続いた緊張から解き放たれ、Aはすっかりリラックスして座布を枕にして寛いでいる。それも見つかったら指導なんじゃないかなと思った。
夕方までは寺の外に出てもいいというので私とAは早速駅前まで行き、コンビニで何か買いたかったが修行の身として我慢。コンビニを煩悩の成れの果てショップと名付けるなどした後は公園でダラダラして過ごした。
寺に戻ってもまだ時間があったので禅堂に置いてある釈迦の本を読んでいると、何やら揉めるような声が聞こえてきた。禅堂の住人は私とAの他には例のB君くらいだが、一体誰が?
そう、B君だ。常住さんに何やら訴えている。「でも悪いのはあっちじゃないですか」とか言ってる。これは明らかに揉め事だ。常住さんも困って「善い悪いではなく持って生まれた役割があるんです」とか仏教の教えっぽいことを言って宥めている。気の弱そうなB君が我慢できなかったこととは?なぜか我々に関係していそうで気まずいから禅堂を後にし一服することにした。
夕方の座禅から昨日の俺たちのように新しい修行者としてなんとギャルが入ってきた。髪をかきあげたりして早速注意されている。私はもうギャルに夢中で全然集中できなかった。坐禅中はあんなに静かなB君は最後立つ時にうわあとか言いながら床に転げ落ちるという無作法を発動していた。
そして夕食、今日入ってきた者の中にリピーター修行者の癖者がいて、わたしわかってますよぶりが凄くて見てられなかった。一般修行者に注意したりなんかもしてる。常住さんもこれには困った顔。言ってることは間違ってないがそれはお前の役割ではないというのをどう伝えたらいいものか悩んでいる様子だった。このリピーターはクラスの行事とかで暴走して敵を作ってきたタイプに違いない。また最後までモタモタしてたB君もこいつに目を付けられて「あなた何日やってきたんですか?」と明らかな嫌味で泣かされていた。さすがの常住さんもこれには
「感情が出ています」
と注意。独特すぎて注意かどうかもわかんないけど。そして泣いてるB君にも同じく「感情が出ています」と感情の無い追い討ち。いやB君泣いてるんだけど(笑)踏んだり蹴ったりなB君かわいそうすぎる。それにしても常住さんも大変そうだなあ。こんだけしか人いないのに色んなのが来るんだな寺は。
そして本堂に集められて和尚のありがたい説法を聞きながら「それ思ってた笑。さすが俺」とバカみたいなこと考えてるとあっという間に就寝前の休息時間になった。
この休息時間には安い甘味をひとつ振る舞ってくれるのだが、甘味不足の僕たちにはこれがたまらない。田舎のスーパーのワゴンで投げ売りされてるような大袋の菓子の中のひとつなのだろうが信じられないくらいうまい。もちろん噛むなんていうもったいないことはしない。砂糖は脳を直撃するからな。口の中に置きながら、たまに舐めたり転がしたりする。一粒何円かの粗菓に集中して喜びを味わいながら、やがて消えゆくこれに諸行無常を感じるのだ。大変な娯楽である。
とうとう消灯の時間になる。古臭い禅堂で寝るのもこれが最後だ。明朝の務めが終わればいよいよシャバだが、ここで事件が起こった。いや起こっていたのだ。
このタイミングでなんとAが和尚に呼び出されてしまった。
おそらく昼にB君が騒いでた件だろうと直感したが、一体なぜ?陰でバカにしてたことに勘付いたか?しかしそれではAだけ呼び出されるのはおかしい、いやあいつは俺が引くくらいバカにしてたからおかしくない、いやもしかして後で俺も呼び出されるパターンなのでは…と考えを巡らせていると、常住さんに連れられたAが戻ってきた。
「別室行きになった」
なんのことか全くわからなかったが、Aが言うには、昨晩Aのいびきがうるさくて安眠が妨害されたとB君からクレームが来たとのことだった。たしかにAはいびきをかく。しかも寝つきが良いから迷惑この上ない。
いや、でもちょっと待て。
B君も全然いびきかいてたよ?なんならおまえも早めに寝ててAとデュエットしてたからまとめて殺そうかと思ってたんだけど?
何がどうなってやがる。
わりと素直に座布を持って移動しようとするA。
かたや満足そうな顔のB君。こいつ要領が悪いだけかと思いきや性格まで悪かったとは。
しかしあのハゲ(和尚)、クレーマーの話を一方的に聞き入れやがったのか…なんかガッカリだぜ。
ところが、ニヤつくボンクラ(B君)に対して常住さんがすかさず
「あなたもです」
なんとボンクラも別室行きだと言う。「俺もですか!?」と過去イチでかい声を出して驚くボンクラことB君。しかもAと同室らしい。なんでですかとか騒いでる。喧嘩両成敗的なことなのかと思ったが、ケチな揉め事は互いを知らないから起こるものだから、一晩共に過ごして互いを知りなさいということだった。日本昔話的な良いオチだ!和尚さすがだぜ!
まだ納得してなさそうなB君と、B君を指差して笑いながら煽るようなことを言いそうになってるAを常住さんが制して二人を禅堂から連れ出したのだった。
翌朝、最終日。
最後の坐禅をして朝食も終えると、最果ての喫煙所へ。AとB君は一緒に来た。
なんと仲直りしたらしかった。本当すいませんでした、いやいやこちらこそとか言ってる。B君は下山日が決まってないからこのまま常住を目指すらしい。こいつが常住とかマジかとも最初思ったが逆に良い選択かもしれない。Aは本当応援してますと言いながら熱い握手を交わしてる。
和尚の計らいがこうもうまくいくもんかねと思いつつも、朝日に照らされて3人で吸うタバコはうまかった。寺修行に来てるくせに意地でもタバコ吸いたい異常者がたまたま同じタイミングで集まったんだからな、仲良くしなきゃな…。
そして昼、残る修行者さんたちに別れの挨拶を済ませ、下山。嬉しくて仕方なかった(何のために来た?)が、わりと良い体験だった。そんな寝れてないのに気分晴れやかで体調がすこぶる良い。寺の前でAと撮った写真を修行前と比べてみると、むくみが取れてるし万物に感謝してそうな佇まいになってて別人だ。最短修行なのに完全にデトックスされている。1週間とかいたらどうなってたんだ。
その後、私たちは電車で京都市内まで行くと、さっきまでのは何やったん?と言われそうなくらい速攻で焼肉屋に飛び込んで「色即是空!」と言いながらビールを流し込んだ。次いで霜降りの肉だ。が、最高にうまいのは最初のひと口だけで、あとは重くて全然食えなかった。

体がおかしくなっちゃったのかとも思ったが、こんなのに慣れてる方がおかしいのです。
たった3日の、清潔で質素に、今この瞬間を感じる生活で体調が好転しました。現代は多くの情報に晒されやすく、無意識にストレスを感じます。せっかちは戦争の元。少ししんどくなったら寺にでも行ってみてはいかがでしょうか。
今日も皆さまご安全に。
引用
(*1 日本国内120ヶ所の場外馬券場で行われたアンケート調査-総務省統計局2005)
