57 新宿ゴールデン街の思い出 -4-
梅雨が続きますが、先日の投稿に続き、ゴールデン街の思い出を投稿しようと思います。今回はお店ではなく、ある一人の「常連さん」に焦点を当てた些細な思い出になります。今回は折角なので、2回に渡り投稿しようかと。
バー「一草」
かつてゴールデン街に、「一草(いっそう)」というカウンターのみのバーがありました。2階のお店で、席数は10人も入れば満席でしたが、マスターの人柄に魅かれた常連さんが集まるバーでした。既に閉店しております。
常連さん
私が通ったのは5年間くらい。仕事が忙しくなければ週2回の頻度。多いときは4回くらい。マスターとの思い出は、別の機会に記すとして、お店に集まる常連さんたちは多種多様で、全体的に、年齢層は高めだった印象です。
マスターは元々演劇関係者でしたが、演劇人が集まるというわけではありません。週刊誌の記者、ベテラン写真家、芸能会社の女社長、映画監督など。その中で異彩を放っていたのが、撮影監督の「たむらまさき」さんでした。
映画カメラマンたむらまさき
たむらまさき(田村正毅)さんは、1939年生まれ。いわゆる映画カメラマンで、数々の有名監督の作品において、その撮影監督をつとめています。キャリアを確認すると、ドキュメンタリーやテレビドラマも撮られていますね。
映画は詳しいわけではありませんが、有名どころを挙げるとタランティーノ監督のキルビルに影響を与えた「修羅雪姫」、伊丹十三監督の「タンポポ」、カンヌ受賞で有名な河瀬直美監督の「萌の朱雀」あたりでしょうか。
たむらまさきさんの半生は、朝日新聞出版の新書「酔眼のまち ゴールデン街1968-98年」に詳しく記されています。この新書は、映画監督の青山真治さんとの共著ですが、たむらさんは青山監督の作品も複数撮影されています。
カウンターの一番すみっこ
私が来店したときは、高確率でたむらさんも居ました。そして、いつも決まって、店の奥にあたるカウンターの一番すみっこの席。口数は決して多くなかった方でしたが、挨拶すると、いつも「こんばんわ」と返してくれます。
たむらさんは、いつも煙草を吹かしながら、ゆっくりと一人で飲む感じ。マスターと時より談笑。私とマスターの会話にも、関心があれば、気さくに入って来られました。落ち着いた口調で、決して嫌な感じではなかったです。
いかがでしたでしょうか。次回はたむらさんの2つくらいのエピソードを投稿しようと思います。あ、私のモノクロ写真(↓)も観てやってください。東京拘置所の近くで撮った「Near」シリーズはこれで終了です。ではまた。
Near (2026) -vol.4-
















