女独り旅 オーストリア⑱ ウィーン国立歌劇場でのバレエ・ガラ鑑賞
2010年は内覧のツアーで
現在も内覧ツアーがありますが、2010年娘達と日本語のツアーに参加し、舞台裏の「奈落」の深い穴や幕を上げ下げする大きな歯車なども見せていただきました。ガイドから「レクサスの応援ありがとう、デビュタントいかがですか?」と聞かれました(デビュタントの会場でもある)。レクサスは16年経っても変わらずスポンサーでした!
ガイドが日本語の「奈落」という言葉を使って説明したことが印象深く、いつか馬蹄形のヨーロッパの劇場で本番を観たいと考えていました。

奇跡的に残った創建当時のもの
当劇場はハプスブルク家のフランツ・ヨーゼフ1世の命により、リング通り(旧市街を囲む環状道路)の巨大プロジェクトの一環として建設されました。1869年5月25日、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』で華々しくこけら落としが行われ、ネオ・ルネサンス様式の壮麗な建築はウィーン市民の誇りとなりました。
第二次世界大戦末期の1945年3月12日、ウィーンを襲った連合国軍の大空襲により、爆弾が直撃します。舞台と客席部分は激しい炎に包まれ、屋根は崩れ落ち、劇場の大部分が完全に焼け落ちてしまいましたが、正面大階段やシュヴィント・ホワイエ、皇帝のティールームが残りました。
2010年の写真が全部ブレていて、早めに到着し、撮影時間を確保しました。






予約
6月29日はバレエ・ガラ公演日でした。2025-2026シーズンのバレエ公演最終日。予約開始は4月1日夕方。退職1日目のお仕事でした。あらかじめ個人情報を登録、開始時間すぐにログイン。友の会?先行予約で座席表を開けた途端、3分の1ぐらいは埋まっていました。バレエの予約状況ですが、ジゼルは早くからほぼ完売に近く、マノンは余裕がありました。ガラ公演も人気があるようです。
この公演、ジェミちゃんに背中を押され、早めに予約することができました。ジェミと意見が合い、ボックス席はパス。日本のように気兼ねなく観れる1階後方中央の通路側。
私:「(トレーラー画像を見て)裸踊りのコンテンポラリーはちょっと、ガラもちょっと、私コールドバレエが好きなので」
ジェミ:「いえいえオハコの宝石からダイヤモンドは34人の豪華なコールドが観れますよ」


紳士淑女の集まる社交場であった
シーズン最後ということもあり、タニマチ、バレエ団OB・OGと思しき皆さんが観にきているようで熱かったです。皆さま着飾って、男性は蝶ネクタイをしている人も多数。オーケストラと音響はすばらしく、拍手喝采!歓声!そしてホワイエでの飲食が大好き。大人の社交場です。2回の休憩があり、19:00開演、終演は22:30を回っていました。
ウィーンの空気なのでしょうか?オペラ座で鑑賞するとはこういうものでしょうか?ニューヨークやロンドンのミュージカルや観光客向けのコンサートにはないものに圧倒されてしまいました。「東洋人で、ボンビーな私がここに居ていい?」東洋人少なかったです。


公演内容
客席に居たときは公式にプログラムがあったので、帰ってからコピーしようとしていたところ、帰国したころには無くなってしまい思い出した範囲です。
・春の声 ヨハン・シュトラウス ウィ―ンらしい曲で始まる
・ラ・フィーユ・マル・ガルデ
この演目のみ背景が使われていました。紫のリボンを持った女の子達がキュート。ソリストがトウで立ち続けるという見せ場もあります。バレエは舞台装置も含めた総合芸術!やはり全幕モノを見たいと思いました。

・コンテンポラリー 曲不明

・海賊よりバドドウ 長身でダイナミックだった!
・瀕死の白鳥 この旅で3回目のサンサーンス
・白鳥の湖よりパ・ド・トロワ
・宝石よりダイヤモンド
いつもフィナーレとしている演目のようです。シーズンのエンディングにふさわしい華やかな雰囲気。

他 肉体美の男性ソロもあり跳躍力に拍手と大声援。曲では日本人の菊池洋子さんのピアノでラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」もありました。日本人 の木本 全優さんがどこかでソリストです。
アレッサンドラ・フェリ監督
子供たちと繰り返し見たビデオのジゼル。その方が監督になっていて舞台挨拶があり、感動しました。 ミラノスカラ座 ジゼルより参考動画 背景や舞台装置のある総合芸術のバレエが垣間見えると思います。
▶︎ 記事INDEX 女独り旅 オーストリア2026.6(一覧)へ戻る
