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『アルコール依存症の家庭で育つと、産後ワンオペが「凪」に見える不思議』の巻|しんどいの閾値(いきち)、バグってます


父は、最狂の内臓エリートアル中。
母は、最狂の天然イネイブラー(尻拭い職人)。

そんな「最狂×最狂」のサラブレッドとして生まれた私が、アルコール依存症の父を、後悔なく見送るまで。その泥仕合の軌跡を、笑い飛ばして綴る、酒と愛と虚無のサバイバル記録。

『しんどいの閾値、バグってます。』


■ 逃げ場なしの4人ワンオペと、入院しやがった夫


「しんどい」の閾値がバグっている自覚はある。

2025年8月。私は第4子を出産した。 退院したその日、夫が体調を崩し、その翌々日には「入院しやがった」。 よりによって、今このタイミングで、である。

頼みの実母も、がんの治療で入院中。 目の前には、7歳、4歳、2歳、そして生まれたての0歳。

全治3ヶ月の交通事故直後みたいな体で、いきなり始まった 「逃げ場なしの4人ワンオペ」。

……あ、いや、見栄を張った。正直に言おう。 昼間は上3人は保育園や学校へ行っている。 本当の意味での「4人同時対戦」は、朝晩のラッシュ時だけだ。

とはいえ、普通なら白目をむいて倒れる場面だと思う。 でも私は違った。 産後1週間の女が、静まり返った家で何をしていたか聞いてほしい。

■ マフィンと歌舞伎と、全治3ヶ月の交通事故体

家をピカピカに磨き上げ、洗濯物を山のごとく片付け、マフィンを焼いていた。 アーモンドプードルを贅沢に練り込んだ、甘くて香ばしい、とびきりおいしいやつだ。

だが、オーブンから漂う平和な香りに包まれながら、私は別の世界にいた。 出産前に観た映画『国宝』にドはまりしていた私は、小説版の重厚なページをめくる優雅な時間さえ作り出していたのだ。

「死ぬる覚悟がぁぁぁーーー!!」

劇中の凄絶なセリフ回しを、腹の底から全力で独り練習する。 赤子の寝顔を横目に、焼き立てのマフィンを頬張りながら歌舞伎の口上を叩きつける。

夫は入院、実母も入院、目の前にはカオスな4児。 普通なら「死ぬる覚悟」が必要な絶望的状況だが、今の私にはこの狂気じみた「余裕」すらあった。

なぜか。

私が聖母だからでも、産後のハイテンションで脳内麻薬が出ているからでもない。理由はもっと、恐ろしくシンプルで、かつ切実なものだ。

……この家には、「酔っ払い」が一人もいないからである。

ただそれだけのことが、どれほど私の精神を「凪(なぎ)」へと導いているか。 普通の幸せを歩んできた人には到底理解できないだろう。

父親の飲酒問題で、長年奔走してきた私にとって、「家庭に酒の心配がない」ことは、何物にも代えがたいラグジュアリーなのだ。 たとえ夫が、なかなかの「変な奴」であったとしても、だ。

■ 「3が2つで6人だから最強」……戦国武将ばりの謎理論

ちなみに、夫は一滴も酒を飲まない。これだけで私にとってはこの上ない救いだが、この夫もなかなかの「変な奴」である。

夫は大の子供好きだ。 「子供は2人で良い」という私に、第3子の時は 「3人いれば社会ができる。3って強い数字なんだよ」と言い張り、 第4子の時は「4は俺のラッキーナンバーなんだよね」と熱望した。

「3が強いんでしょ? 4人になったら強さがなくなるんじゃない?」 私の至極真っ当なツッコミに対し、夫はドヤ顔でこう返してきた。

「ばかだな。毛利元就の『三本の矢』の話、知ってるよね? 僕と君と子供4人で、家族は何人? 6人だよね。 3が2つだよ。最強じゃん」

……戦国武将まで持ち出して計算は合っているが、何かが根本的に間違っている。 その「最強」の布陣になったはずの現在、夫は相変わらず家事を1ミリもしない。 それどころか、私が退院したその日から自分も体調を崩して戦線離脱。 きっちり1週間入院しやがった。

■ 出生届1時間前、義母への「縁起担ぎ」鬼電

普通ならブチ切れる場面だろう。いや、実際には猛烈にブチ切れていた。私は入院中の夫に対し、徹底した「無言の爆撃」を開始した。 一言も喋らない。LINEも送らない。完全なるフル無視である。

その結果、どうなったか。 出生届の提出期限、わずか1時間前になっても第4子の名前が決まらないという、笑えない事態に陥った。

夫が退院してきたのは、あろうことか出生届の提出期限当日。 午後に夫が帰宅してから、ようやく名前の話し合いがスタート。しかし、候補を2つまで絞ったところで一向に決まらない。刻一刻と迫る役所の閉庁時間。

私は究極の提案をした。 「お義母さんって、なんか縁起良さそうな人だよね? お義母さんに決めてもらおう!」

そこからは怒涛の展開だ。夫から義母へ鬼電。 「オカン、どっちがいい!?」

産後のハイテンションな嫁と、ノンアルなのに常に酔っているような夫。 その勢いに押された義母の鶴の一声で、ついに名前が決定。 役所が閉まるわずか1時間前。私たちは滑り込みで受理させた。

■家事ゼロ、入院、屁理屈。それでも夫が「100点」な理由。

「上等よー。アルコールの心配がないだけで、あの旦那さんは100点よ」

実母は笑って言う。 確かに、酒を飲まずに子供を愛し、変な理論で笑わせてくれるだけで、大抵のことは仏のような心で許せてしまう。……まあ、このドタバタ劇は別として。

そう、私の「しんどいの閾値」は、あの頃からずっとバグりっぱなしなのだ。

なぜ私は、これほどのバイタリティを手に入れるに至ったのか。 そのすべての原点は、2019年、第1子出産後の里帰り中に起きた、あのあまりにも意味不明すぎるドタバタ劇。

伝説の「墓寝(はかね)事件」に遡るのである。


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