「駄作」映画を観て得られたメリット。
散歩していてなんとなく思い出した、「昔観た映画」について本日はお話ししましょうか。
その映画、タイトルはもう忘れましたがサスペンスものの映画でして。
ゲオのセールだったかで激安だったんでレンタルしたんですよね。
パッケージ的にはなかなか惹かれるところがありましたので。
で、観てみたらこれがまあひどい。
冒頭から死体が撮影されているんですが、死体がね、まばたきしてるんですよね。
「えっ??」と思って。
もしかしたらこれ死んでるわけじゃないのかな?でも血とかついてるしな??えっ??みたいな。
そして話の流れも、とある夫婦が危険な建物に泊まることになった。
というところまではいいんですけども、そこから正直流れが追えなくなりまして。
ラストあたりのシーンは何となく覚えているんですけども、なんでこうなったんだっけ?とか、結局どうなったんだっけ?みたいなのは全然覚えていない。
安かったから「損した」などとは思わないんですが、やはり安いものには安いなりの理由があるんだなあ。
とつくづく思わされた、ちょっと苦い出来事でございました。
ただですね。
こういう、言い方は悪いですが「すさまじい駄作」を見るというのも、経験としてはいいことだと思うんですよね。
なぜなら「他の作品との比較」がよりしやすくなるから。
「普通の映画」ってあるじゃないですか。
そこまで感動したりするわけではない。しかし特に破綻したところもなく、テーマに沿って割と淡々と物語が進んでいくような。
これ、物足りないかもしれませんが、十分すげえことなんだ!という風に思えるわけですよ。
だって破綻しまくっていて意味不明な作品を観ているので。
何かしらに対して評価・批評をするという場合。
もちろん「名作」のような素晴らしい作品は観ておく必要があるでしょう。
しかし、同時に「駄作」として知られるものも、自分で観ておく必要があるのだろうなと。
どんな要素が「良い」、すなわち多くの人(自分含めて)に支持されているのか?
また、逆にどんな要素が「悪い」とされているのか?
後者の考察のためには、「駄作」というものはかなり有効に活用できるのだろうなと。
もう少し拡大して考えてみると、世の中において「イヤな経験」というものは極力したくないものです。
しかしもっと先のことまで考えると、「比較材料が増える」という意味においては、そのイヤな経験も何かしらの糧にはなるんだろうなと。
イヤかもしれませんが、「ムダな経験」ではない。
経験したときはイヤな気持ちになるでしょう。
しかし、どんなことも大抵は10年も経てば笑い話。
ワタシも今回こうして話すことができたわけですし、将来の話のタネと思えば、それなりにポジティブに捉えられるのではないでしょうか。
これはカッコよく言えば「人生に深みが増す」とも言えるのでは。
ダンディズムを目指す諸兄には、むしろハズレを引くのは必須の経験なのかもしれません。知らんけど。
もうちょっと話を広げると、「天才は一度折れると脆い」ってのもよく言うじゃないですか。
苦労して這い上がってきた人って、イヤな経験・しんどい経験も相当積んできてると思うんですよね。(もちろん天才と言われる人も苦労はしてきているとは思いますが。)
だからこの先で何かしらトラブルに見舞われても、「あの苦難に比べたら大したことじゃない」という感じで強く突き進めるんじゃないかな、と。
これもまたいい意味で「比較対象」になってますよね。
そう考えると、仮に現在、理想の生活とは程遠い生活をしていたとしても、
「今は将来のための比較材料を増やしている時期なんだな」
と捉えると、あながち悪いものでもないかもしれませんね。
そんなわけで、ひどい経験でも、「比較材料」や「話のタネ」にできるから、案外ムダでもないんじゃない?
というお話でございました。
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