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【中国スゲエ】楷書体/行書体/草書体/隷書体/篆書体~日本が文字を持たない頃、漢字は成熟していた~

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左:書道家タケウチ 右上:書道家板谷栄司with鯖大寺鯖次朗 右下:ジャズギタリストタナカ


私たちが使っている漢字は、昔々に古代中国人が発明したもの。今回は、漢字の歴史、書体の歴史をざっくりと追ってみたいと思います。

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書体の萌芽、変遷

▼古国時代 推定紀元前3800-紀元前1920年 絵文字

蒼頡(そうけつ)によって絵文字のような文字が作られた。しかしこれは言い伝え、伝説レベルの話。鳥、馬などの足跡からそれぞれ記号化された文字が編み出されたのだとか。

▼殷 紀元前16世紀頃-紀元前1046年 甲骨文字

一般的に、漢字は紀元前1300年ほど前に生まれたのではないか、と考えられている。(ある程度体系だった文字になるまで長年かかったのでは)
甲骨文字」と呼ばれ、文字通り亀の甲羅、牛の骨などに書かれており、現在私たちが使う漢字とは程遠い形。(でも印鑑などの文字の直径ルーツでもある)
周(紀元前1046年頃 - 紀元前256年)の頃には、青銅器(金文)や石(石鼓文)などにも文字が彫られるようになった。

Wikipedia


▼秦 紀元前905-紀元前206年 篆書体

漫画『キングダム』の舞台はこの時代。それまで占いや神事に用いられていた甲骨文字が徐々に発展を遂げ、秦の始皇帝(在位:紀元前221-紀元前210年)の時代に「小篆」(篆書体)という書体が正体として統一される。(書体のみならず度量衡、貨幣なども統一)
「小篆」は、実用としては短命だったが、現在でも印鑑やパスポートの文字に残る、非常に息の長い書体である。
青銅器(金文)、石(石鼓文)、木(木簡・竹簡)などに文字を記した。

各国で使われていた色々な「ウマ」が「馬」に統一
小篆の書体(二玄社)


▼漢 紀元前206-220年 隷書体・草書体

筆がいつ作られたかは諸説(殷とか秦とか)あるが、漢代には毛筆があったと言って良いだろう。紙も徐々に作られてきたのがこの頃(蔡倫 63- 121年)。
小篆は美しいが、書くのに時間がかかるといった理由で、秦代には「隷書体」が興り始め(隷書体は、篆書体を簡略化して実用化したもの)、漢代に正体となった。
さらに速書きするために作られたのが「章草」。章草は、隷書体から草書体の過渡期の書体のことを言う。
後に、草書体となり、後漢には行書体楷書体も萌芽した。

隷書体の例『曹全碑』(185年)
章草の例『平復帖』陸機(261-303年)


▼三国 220-280年 隷書体~楷書体

魏・呉・蜀がしのぎを削った三国時代。この頃にはまた楷書体という言葉がなく、隷書体と楷書体の中間くらいの書体。
鍾繇(しょうよう 151-230年)の文字はのちに楷書体に分類された。のちの書聖・王羲之(303-361年)も鍾繇を深く学んだらしい。
漢代に萌芽した楷書体は鍾繇をもってほぼ確立された。また鍾繇をはじめとし、書道が芸術として見出されていくことになった。

『三体石経』(240年-249年)
古文・篆書・隷書の3つの書体が彫られる
鍾繇(しょうよう 151-230年)の楷書体


▼六朝時代 (265-589年) 楷・行・草・隷・篆

呉・東晋、宋・斉・梁・陳からなる6つの王朝の時代。
この頃には粗悪で高価な紙から、品質改良が行われ普及してくる。楷書体・行書体・草書体の実用化とともに洗練が進む。現在にも続く5書体(楷・行・草・隷・篆)が全て出揃った。
そして登場するのが王羲之(303-361年)。書道史において最も重要な人物と言って過言ではないだろう。書の芸術性を確立したと言われる。その息子・王献之(344-386年)とともに二王と呼ばれる。日本の書道も、現在に至るまで王羲之が最も大きな影響を及ぼしている。
南北朝時代(439-589年)には楷書体が標準的な書体となった。

『蘭亭序』353年

また北魏(386-535年)では、仏像を建てる際の記録としての「造像記」、墓石に刻す「墓誌銘」等も、独特な楷書体として現代でも愛され続けている。

『牛橛造像記』495年


▼唐 618-907年

六朝時代に基本5書体が出揃ったところで、隋(581-618年)を飛ばして、唐代。貞観の治と呼ばれる太平な世の中で、文化好きな太宗皇帝(598-649年)によって王羲之が見いだされ、王羲之の書風が流行した。
唐代で特筆すべきは楷書体の洗練。楷書体は漢代に始まり、六朝時代に磨かれ、唐代にその頂点に達した。初唐の三大家、欧陽詢・虞世南・褚遂良は現代においても最上の楷書体であるとされる。(読みやすく、書きやすい楷書体で洗練に洗練を重ねて進化したのは頷ける)

『九成宮醴泉銘』632年 欧陽詢


書体の変化まとめ


これら、篆書体/隷書体/草書体/行書体/楷書体の5書体は、時代によって正体(公式書体)とされる書体(日本では明治以降、楷書体が公式書体)は異なりますが、現代にも変わらぬ姿で使われ続けているものです。

この書体の変化は、日本が縄文・弥生時代の頃。日本には紀元前の頃には文字はなく、漢字が伝わったのは1~2世紀くらいと言われますが、その頃には基本的な書体が完成しつつあったと思うと結構おどろきです。

楷書体が洗練されて絶頂に達するころ、日本は飛鳥時代(592-710年)奈良時代(710-794年)。まあでも、日本に漢字や書道が輸入されたときはもはや完成形に近かったというわけなので、その後日本でも書道の火が付いて隆盛するのは納得できます。

いやはや、漢字や書道の歴史を見ると、やっぱり中国すげえええ・・・となります(笑)



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