【妄想随筆】ビールは、会話のスイッチを知っている。
【妄想随筆】
実話三割、妄想七割。
実体験をきっかけに、
妄想へ道草した随筆です。
登場人物や出来事の多くは創作ですが、
そこに込めた想いだけは、
やっぱり本当です。
ビールは、会話のスイッチを知っている。
「まずはビール。」
居酒屋へ入る。
席に着く。
メニューを開く。
すると彼は、
「とりあえずビール。」
と言う。
「いや、それって、ビールに失礼だろ。」
隣の彼が真顔で言った。
すると、
向かいに座っていた彼が、
メニューをめくる手を止めて笑う。
「いや、ビールは何も感じないだろ。」
二人が笑う。
そして、
三人は一斉に僕を見た。
……
しまった。
この空気は知っている。
「お前、どう思う?」
である。
僕は、
ジョッキの写真を眺めながら、
少しだけ考えるふりをした。
そして、
ゆっくり顔を上げる。
「ぜったいにビール。」
三人が吹き出した。
「そこじゃない!」
「論点が違う!」
「お前は結局、飲みたいだけだろ。」
その通りである。
僕は昔から、
どうでもいい議論になると、
その議論を壊したくなる。
「とりあえず」でも、
「まずは」でも、
どちらでもいい。
そんなことより、
目の前のビールは、
今が一番美味しい。
酒や料理には、
旬がある。
温度がある。
勢いがある。
だから、
蘊蓄なんて、
どうでもいい。
酒と肴は、粋でいい。
まずは乾杯。
話は、
それからだ。
……
もっとも、
ここまで真剣に、
「とりあえずビール」について考えている時点で、
僕は、
たぶん誰よりも、
蘊蓄好きなのかもしれない。
