自分だけ取り残されたように感じる瞬間

導入文

朝、家の近くを制服姿の子どもたちが歩いていく。

同級生は授業を受け、部活動に参加し、友達と笑っている。

SNSを開けば、文化祭や修学旅行、受験、卒業の話が流れてくる。

それを見ながら、自分だけ時間が止まっているように感じる。

不登校の子どもや若者の中には、このような孤独を抱えている人がいます。

学校へ行けないことだけでも苦しい。

さらに、周囲が前へ進んでいるように見えることで、「自分だけ何もできていない」という気持ちが強くなることがあります。

昨日と同じ部屋で過ごしている。

勉強も進んでいない。

進路も決まらない。

友達との会話も減っていく。

その一方で、同級生たちは次の学年へ進み、将来の話を始めている。

この差が大きく感じられるほど、学校や人とのつながりから、さらに距離を取りたくなる場合があります。

しかし、表面上は止まっているように見える時間にも、その人なりの変化があります。

休むこと。

心と体を立て直すこと。

自分に合う方法を探すこと。

これらも、目には見えにくい大切な歩みです。

今回は、不登校シリーズ第22回として、「自分だけ取り残されたように感じる瞬間」について考えます。

どのような場面でその感覚が強くなるのか。

本人、保護者、学校、支援者には何ができるのか。

周囲と同じ速さではなく、自分の時間を取り戻すための考え方を整理していきます。

1.周囲が進んでいるように見えるとき

自分だけ取り残されたように感じるのは、周囲の変化が目に入ったときです。

新しい学年が始まる。

友達が部活動の大会に出る。

修学旅行の写真が届く。

同級生が受験勉強を始める。

進学先や就職先が決まる。

こうした出来事は、本人に「自分が参加できなかった時間」を意識させます。

学校に通っている人にとっては日常的な出来事でも、不登校の本人には大きな刺激になることがあります。

友達の成功を喜びたい。

でも、素直に喜べない。

そんな自分まで嫌になることもあります。

誰かをうらやましく思うことは、性格が悪いからではありません。

自分もそこにいたかったという気持ちがあるからこそ、苦しくなるのです。

2.学校の時間と自分の時間が離れていく
学校生活は、学期や学年という区切りで進んでいきます。

四月になれば新しい学年になる。

夏には部活動の大会がある。

秋には文化祭や修学旅行がある。

冬には受験や卒業が近づく。

学校へ行っていなくても、時間は進みます。

本人は家で過ごしているのに、学校側の予定だけが先へ進んでいく。

そのため、「もう戻れないところまで来てしまった」と感じることがあります。

実際には、学び直す方法や別の進路があります。

しかし、本人の中では、元の流れから外れたことが大きな不安になります。

必要なのは、「早く追いつかなければ」と急がせることではありません。

今どこにいて、これから何を選べるのかを、一緒に整理することです。

3.制服姿や通学時間が苦しく感じられる

不登校の本人にとって、学校へ行く同年代の姿がつらく感じられることがあります。

朝、通学する生徒の声が聞こえる。

制服姿の子とすれ違う。

昼間に外へ出ると、学校へ行っていないことを見られる気がする。

そのため、外出する時間を避けたり、家の中でもカーテンを閉めたりすることがあります。

本人は誰かに責められているわけではなくても、「なぜ学校に行っていないのだろう」と思われることを恐れます。

日中に外へ出ることは悪いことではありません。

学校を休んでいる人が、散歩をしたり、買い物へ行ったり、好きな場所へ出かけたりしてもよいのです。

外へ出られることと、学校へ行けることは同じではありません。

安心できる外出は、心身を回復させる大切な時間になることもあります。

4.SNSが取り残された感覚を強めることがある

SNSには、楽しい出来事やうまくいった結果が投稿されやすい傾向があります。

友達と遊んだ写真。

部活動での活躍。

文化祭や修学旅行。

進学や合格の報告。

それを見ていると、周囲の人は毎日充実しているように感じられます。

一方で、自分は今日も家にいた。

何も投稿できることがない。

そう思い、落ち込むことがあります。

しかし、SNSに見えているのは、その人の生活の一部分です。

学校へ通っている人にも、悩みや失敗、孤独があります。

それでも、つらいときには冷静に考えられないことがあります。
SNSを見るたびに苦しくなるなら、通知を減らす、見る時間を決める、一時的に離れるなど、自分を守る方法を選んでもかまいません。

5.友達との会話についていけなくなる不安

学校を休む期間が長くなると、友達との共通の話題が減っていくことがあります。

授業の話。

先生の話。

部活動や行事の話。

教室で起きた出来事。

本人には分からない話題が増え、会話に入れなくなることがあります。

友達から悪意なく「この前の体育祭、楽しかったよ」と言われても、参加できなかった本人には苦しく感じられるかもしれません。

少しずつ連絡を返さなくなる。

友達から誘われても断る。

会ったときに何を話せばよいか分からない。

その結果、さらに孤立したように感じることがあります。

友達との関係を続けるために、学校の話題だけを共有する必要はありません。

好きな動画、音楽、ゲーム、趣味など、学校以外の話をできる関係も大切です。

6.小学生は「みんなと同じ」ができないことに傷つく

小学生は、友達と同じものを持つことや、同じ行事へ参加することを大切に感じる場合があります。

遠足へ行けなかった。

運動会に参加できなかった。

クラス写真に写っていない。

進級してクラスが変わった。

こうした出来事から、「自分だけ違う」と感じることがあります。

大人から見れば、一つの行事に参加できなかっただけに見えるかもしれません。

しかし、本人にとっては、友達と同じ経験を持てなかったことが寂しさにつながります。

無理に参加を求める必要はありません。

行事の一部分だけ参加する。

人の少ない時間に学校を見る。

写真や手紙を受け取るかどうか本人に確認する。

本人の気持ちに合わせて、つながり方を選ぶことが大切です。

7.中学生は進路と集団の変化を意識しやすい

中学生になると、同級生が進路について話し始めます。

どの高校を受験するか。

塾へ通うか。

内申点や模試の結果はどうか。

不登校の本人も、自分の将来を考えています。

しかし、授業の遅れや出席の状況が気になり、話題に入れないことがあります。

「みんなには進む道があるのに、自分には何もない」

そう感じると、進路について考えること自体を避ける場合があります。

進路をすぐに決める必要はありません。
今の状況で選べる高校、通信制高校、定時制高校、学び直しの方法などを、少しずつ知ることが大切です。

情報を知ることと、今すぐ決断することは別です。

8.高校生は卒業や将来を強く意識する

高校生の場合、取り残された感覚がより現実的な不安と結びつきます。

同級生が大学へ進学する。

就職先が決まる。

卒業式を迎える。

一方で、自分は単位や出席の問題を抱えている。

その差を感じると、「人生そのものが遅れてしまった」と考えることがあります。

しかし、卒業や進学の時期が周囲と違っても、その後の人生が決まるわけではありません。

転学する人。

通信制高校で学び直す人。

高卒認定試験を目指す人。

休んでから進路を考える人。

さまざまな道があります。

大切なのは、同級生と同じ日に同じ場所へ到着することではありません。

本人が無理なく続けられる道を選ぶことです。

9.兄弟姉妹との比較が苦しくなる場合

家庭の中でも、取り残された感覚が強まることがあります。

兄や姉は学校へ通っている。

弟や妹が自分より先に進学する。

兄弟姉妹の学校行事や成績の話が増える。

保護者に比較するつもりがなくても、本人は差を感じることがあります。

家族全員の生活を、不登校の本人に合わせる必要はありません。

兄弟姉妹の喜びや成長を大切にすることも必要です。

同時に、不登校の本人がその話を聞くのがつらい日もあります。

その気持ちをわがままと決めつけず、席を外す、話題から離れるなど、距離を取ることを認めることが大切です。

10.発達特性によって変化への不安が強くなることもある

発達特性がある人の中には、予定や環境の変化に強い不安を感じる人がいます。

学校を休んでいる間に、席が変わった。

授業の進め方が変わった。

友達のグループが変化した。

先生が交代した。

周囲が変わるほど、「戻っても何も分からない」と感じることがあります。

また、自分の中で決めた順番どおりに進めないと、「すべて失敗した」と考えてしまう人もいます。

一度不登校になったことで、人生の予定が崩れたように感じる場合もあります。

変化した部分を具体的に説明する。

学校の写真や時間割を確認する。

戻る場合も小さな段階に分ける。

見通しを持てるようにすることが、安心につながります。
11.心が疲れていると比較が止められなくなる

心身が疲れているときは、周囲との違いばかりが目に入りやすくなります。

友達は学校へ行けている。

自分は行けない。

友達は勉強している。

自分は教科書も開けない。

友達は将来を考えている。

自分は今日を過ごすだけで精いっぱい。

比較するほど苦しくなると分かっていても、考えることを止められない場合があります。

「比べなければいい」と言われても、すぐにはできません。

まず、比較してしまうほど不安なのだと理解することが必要です。

気分の落ち込み、不眠、食欲の低下、強い自己否定などが続く場合は、医療機関や相談機関へつながることも大切です。

12.休んでいる時間は、何もしていない時間ではない

不登校の期間を、「空白の時間」と感じる人がいます。

学校へ行っていない。

勉強も進んでいない。

特別な活動もしていない。

そのため、何も得ていないように思えるからです。

しかし、心と体を休ませることにも意味があります。

自分が何に傷ついたのかを知る。

どのような環境が苦しかったのかを考える。

生活リズムを少しずつ整える。

好きなことに触れ、気持ちを回復させる。

これらは、外から成果が見えにくいものです。

それでも、次の生活を作るための土台になります。

今は立ち止まることが必要な時期かもしれません。

立ち止まることと、人生が終わることは同じではありません。

13.「遅れを全部取り戻す」と考えない

学校へ戻ろうとするとき、「休んだ分をすべて取り戻さなければ」と考えることがあります。

全教科の課題を終わらせる。

欠席した授業を全部理解する。

友達との関係を元どおりにする。

学校行事にも参加する。

一度にすべてを戻そうとすれば、大きな負担になります。

必要なものから少しずつ始めてよいのです。

今後の学習に必要な部分だけ確認する。

得意な教科から始める。

先生との連絡だけ続ける。

学校以外の場所で人と関わる。

過去を完全に埋めるより、今から続けられる形を作ることが大切です。

14.本人ができていることを見つける

取り残された感覚が強いとき、本人はできていないことばかりを見ています。

朝起きられなかった。

学校へ行けなかった。

勉強できなかった。
友達に返信できなかった。

しかし、一日の中には小さな動きがあります。

食事ができた。

家族と一言話せた。

シャワーを浴びた。

好きな動画を見て笑えた。

相談機関の案内を読んだ。

こうしたことを、無理に褒める必要はありません。

ただ、「今日も何もできなかった」と本人が感じているときに、実際にできていたことを一緒に確認することは役立ちます。

小さな変化を、登校への材料として急いで利用しないことも大切です。

15.保護者が不安を抱えるのは自然なこと

子どもが学校を休んでいると、保護者も周囲との差を意識します。

同級生は進学準備をしている。

友人の子どもは部活動を頑張っている。

親戚から学校や進路について聞かれる。

保護者自身が、「自分たちだけ取り残された」と感じることがあります。

その不安から、子どもを早く動かそうとしてしまう場合もあります。

保護者が焦ることを、責める必要はありません。

保護者にも相談できる場所が必要です。

学校、スクールカウンセラー、教育相談、福祉関係者、保護者の会などへつながることで、不安を一人で抱え込まずにすみます。

保護者が安心して話せる場所を持つことは、子どもへの支援にもつながります。

16.本人を追い詰めにくい声のかけ方

取り残されたように感じている本人に対して、

「みんなも悩んでいるよ」

「まだ若いから大丈夫」

「気にしすぎだよ」

と伝えても、本人の孤独が軽くならないことがあります。

まずは、

「周りが進んでいるように見えると、焦るよね」

「参加できなかったことを思うと、寂しくなるよね」

と、気持ちを受け止めることが大切です。

そのうえで、

「今すぐ追いつかなくてもいい」

「これから選べる道を一緒に確認しよう」

「あなたの速さで考えていい」

と伝えることが、安心につながります。

励ますことより、今の気持ちを否定しないことが必要な日もあります。

17.学校側は「つながりを残す方法」を本人と考える

学校側は、本人が孤立しないように働きかけることがあります。

しかし、クラスの写真や行事の報告が、本人にとって負担になる場合もあります。

友達からの手紙がうれしい人もいれば、返事を求められているように感じる人もいます。
学校からの連絡が安心になる人もいれば、学校へ戻る圧力に感じる人もいます。

何を送るか。

誰から連絡するか。

どのくらいの頻度にするか。

本人や保護者と相談することが大切です。

学校とのつながりを保つことは、毎日登校することだけではありません。

課題を受け取る。

オンラインで話す。

放課後に先生と会う。

必要な情報だけ受け取る。

本人に合うつながり方を選ぶことができます。

18.学校以外の居場所で新しい時間を作る

学校の時間から離れたままでは、本人が自分の生活に区切りを持てない場合があります。

フリースクール。

教育支援センター。

地域の居場所。

オンラインでの活動。

趣味の教室。

こうした場所で、週に一度でも予定ができると、自分の生活に新しい流れが生まれることがあります。

学校と同じ形で通えなくてもかまいません。

見学だけする。

短い時間だけ参加する。

オンラインから始める。

体調に合わせて休む。

本人が安心できる方法で、新しい経験を作ることが大切です。

学校で失った時間を埋めるのではなく、今いる場所から新しい時間を始めるという考え方もできます。

19.社会参加の時期や方法は人によって違う

学校へ通い、進学し、就職する。

社会では、この流れが一般的な道として示されることがあります。

しかし、すべての人が同じ時期、同じ順番で進めるわけではありません。

一度休む人。

学び直す人。

学校以外の場所から社会とのつながりを作る人。

福祉サービスや就労支援を利用する人。

短い時間の活動から始める人。

その人に合った参加の方法があります。

私は視覚障害当事者として、見える人と同じ方法や速さでは進めないことがあります。

移動方法を確認する。

使える支援を探す。

情報を音声で読める形に変える。

周囲から見ると遠回りに見えても、私に必要な準備です。

不登校の人にも、その人に必要な時間があります。

20.人生の速さを一つに決めない共生社会へ

共生社会とは、全員が同じ速さで同じ道を進む社会ではありません。

止まる人。

戻る人。

別の道を選ぶ人。

助けを借りながら進む人。

その違いを認められる社会です。

進学や就職が周囲より遅くても、その人の価値が下がるわけではありません。
学校へ行けない期間があっても、学びや社会参加の可能性がなくなるわけではありません。

「早く追いつくこと」だけを目標にすると、本人は今いる場所を否定されたように感じます。

必要なのは、今いる場所から選べる道を増やすことです。

人と違う速度でも安心して歩ける社会は、不登校の経験がある人だけでなく、病気や障害、家庭の事情などで立ち止まるすべての人にとって生きやすい社会になります。

21.まとめ

自分だけ取り残されたように感じるのは、周囲の変化が見える一方で、自分の変化が見えにくいからです。

同級生が進級する。

行事へ参加する。

進路を決める。

SNSに楽しい出来事を投稿する。

その姿を見るたびに、自分だけ時間が止まっているように感じることがあります。

しかし、学校を休んでいる時間が、すべて空白になるわけではありません。

心と体を休ませる。

苦しかった理由を整理する。

自分に合う学び方や居場所を探す。

人との距離を考え直す。

これらも、人生を立て直すための大切な時間です。

周囲と同じ速さで進めないことは、失敗ではありません。

学校へ戻る人もいます。

別の場所で学ぶ人もいます。

しばらく休む人もいます。

少しずつ社会とのつながりを作る人もいます。

どの道を選ぶとしても、一度にすべてを取り戻す必要はありません。

今日できる小さなことから始めてよいのです。

保護者も、本人も、周囲と比較して焦ることがあります。

その不安を家庭だけで抱え込まず、学校、相談機関、福祉関係者、医療機関、フリースクール、教育支援センターなどへ相談することが大切です。

人生には、学校の時間割のように、全員に共通する進み方があるわけではありません。

遠回りに見える時間にも、その人に必要な意味があります。

今は止まっているように感じても、心の中では少しずつ次の道を探しているかもしれません。

周囲と違う速さでも、自分に合う場所と方法を選びながら進める社会。

それが、不登校の子どもや若者だけでなく、誰もが安心して立ち止まり、再び歩き始められる共生社会につながっていきます。

次回は、ひきこもりシリーズの当事者編「SNSを見るのがつらくなる理由」について解説します。

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