外出するだけで疲れてしまう理由

導入文

「近所の店へ行っただけなのに、帰宅すると何もできない」

「病院へ行った翌日は、ほとんど寝て過ごしてしまう」

「楽しい外出だったはずなのに、なぜこんなに疲れるのだろう」

精神障害のある人の中には、短時間の外出でも強く疲れてしまう人がいます。

家を出る前から緊張する。

電車やバスの中で周囲を警戒し続ける。

店員との短い会話や会計だけで力を使う。

無事に帰宅した途端、張り詰めていたものが切れたように動けなくなる。

周囲から見れば、買い物をしただけ、通院しただけ、友人と食事をしただけに見えるかもしれません。

しかし、本人の中では、移動、判断、不安への対処、人とのやり取り、周囲の音や光への対応など、多くの作業が同時に続いていることがあります。

外出で疲れてしまう理由は、単に体力がないからではありません。

うつ病による疲れやすさ、不安障害やパニック障害による緊張、社交不安障害による対人場面の負担、統合失調症に伴う情報整理の難しさ、強迫性障害による確認行動など、さまざまな症状が関係する場合があります。

この記事では、外出するだけで疲れてしまう背景を、外出前、外出中、帰宅後の流れに沿って考えます。

本人の努力不足と決めつけず、家族、支援者、職場、学校、地域ができることまで整理していきます。

外出は家を出る前から始まっている

外出の負担は、玄関を出た瞬間から始まるとは限りません。

前日の夜から、本人の頭の中では準備が始まっていることがあります。

朝、起きられるだろうか。

電車に間に合うだろうか。

途中で体調が悪くなったらどうしよう。

人に会ったとき、うまく話せるだろうか。

忘れ物をしていないだろうか。

このような考えが続き、十分に眠れなくなる人もいます。

当日も、服を選ぶ、持ち物を確認する、薬を準備する、経路を調べる、家を出る時刻を決めるなど、いくつもの判断が必要です。

調子がよいときには小さく見える判断でも、気分の落ち込みや強い不安があると、一つひとつが大きな負担になります。

予定があるだけで一日中緊張し、外出前にすでに力を使ってしまう人もいます。

「まだ出かけていないのに疲れた」という状態にも、本人なりの理由があるのです。

予期不安によって緊張が続く
不安障害やパニック障害では、「外出先で何か起きるのではないか」という不安が強くなることがあります。

また動悸がしたらどうしよう。

電車の中で息苦しくなったらどうしよう。

すぐに外へ出られない場所で発作が起きたらどうしよう。

このように、まだ起きていない出来事を強く心配することを、予期不安と呼びます。

予期不安があると、本人は安全を確かめるため、周囲へ注意を向け続けます。

出口はどこにあるか。

座れる場所はあるか。

途中で帰れるか。

近くにトイレはあるか。

助けを求められる人はいるか。

実際には何も起こらなかったとしても、「何も起こさないために緊張し続けた」可能性があります。

無事に帰れたから平気だったとは限りません。

外には処理する情報が多い

家の中は、物の場所、音、人の動きなどをある程度予測できます。

一方、外には予測しにくい情報が多くあります。

車や自転車の動き。

電車やバスの案内。

店内放送。

人の話し声。

照明や音楽。

列の進み方。

急な予定変更。

本人は、その中から必要な情報を選び、次の行動を決めなければなりません。

考える、選ぶ、判断するときにかかる負担を、認知的負荷と表現することがあります。

精神障害のある人すべてが音や光を苦手としているわけではありません。

ただし、症状や疲労が強いときには、普段なら気にならない刺激まで負担になる場合があります。

うつ病では集中や判断が難しくなることがあります。

統合失調症のある人では、周囲の情報を整理することに時間がかかる場合があります。

不安が強い人は、危険がないかを確認するため、周囲へ注意を向け続けます。

目的地に着くまでに、本人は見えない多くの作業をしているのです。

人と関わることにも力を使う

外出すると、人とのやり取りが必要になる場面があります。

店員へ注文する。

受付で用件を説明する。

電車の中で人との距離を調整する。

知人に会って挨拶する。

職場や学校で、表情や言葉を選ぶ。

社交不安障害のある人は、人からどう見られるか、失敗しないか、変に思われないかという不安が強くなることがあります。

会話が普通にできているように見えても、本人の中では、言葉や表情を細かく確認し続けている場合があります。
精神障害を知られたくない人は、疲れや不安を見せないように振る舞うこともあります。

笑顔をつくる。

声の調子を整える。

動揺していても平静を装う。

楽しく話せたことと、疲れなかったことは同じではありません。

友人との食事を楽しめても、帰宅後に長く休む必要がある人もいます。

強迫症状によって外出の工程が増える

強迫性障害では、自分でも必要以上だと分かっていても、確認や行動をやめにくくなることがあります。

鍵を閉めたか何度も確認する。

火を消したか不安になり、家へ戻る。

汚れが気になり、外で触れられる物が限られる。

帰宅後に長時間手を洗う。

外出の準備や移動に、周囲が想像する以上の時間と力を使う場合があります。

遅刻だけを見れば、時間管理ができないように見えるかもしれません。

しかし、背景に強迫症状がある場合、急かしたり叱ったりするだけでは解決しません。

家族が確認に何度も付き合うことが、かえって症状へ影響する場合もあります。

対応に迷うときは、本人を責めるのではなく、主治医や支援者へ相談することが大切です。

体調の波で使える力が変わる

同じ場所へ出かけても、ある日は比較的楽に帰れ、別の日には強く疲れることがあります。

前日の睡眠。

その日の気分。

薬の影響。

外出先の混雑。

予定変更の有無。

人とのやり取り。

外出前に行った家事や仕事。

こうした条件が重なることで、負担は変わります。

先週出かけられたから、今週も同じようにできるとは限りません。

一度できたことを毎回の基準にされると、本人は無理をしやすくなります。

反対に、一度疲れたからといって、外出をすべて諦める必要もありません。

時間帯、距離、交通手段、同行者、休憩場所などを変えることで、負担を減らせる場合があります。

できたか、できなかったかだけでなく、どのような条件なら参加しやすかったかを見ることが大切です。

帰宅後に反動が出ることがある

外出中は、緊張によって何とか動ける人がいます。

予定を終えなければならない。

人に迷惑をかけたくない。

早く家へ帰りたい。

その思いで、疲れや不安を抑えながら行動します。

そして帰宅し、安全だと感じた途端、動けなくなることがあります。

着替えられない。

食事を作れない。
会話をする力が残っていない。

何時間も眠る。

翌日まで疲れが続く。

家族から見ると、外では元気だったのに、家では何もしないように見えるかもしれません。

しかし、家が安心できる場所だからこそ、外で抑えていた疲れが表に出ることがあります。

外出の負担は、その場で用事を終えられたかだけでは判断できません。

外出前の準備、外出中の緊張、帰宅後の回復時間まで含めて考える必要があります。

楽しい外出でも疲れる

「嫌な場所なら分かるけれど、好きなことでも疲れるのはなぜ」と思われることがあります。

友人との食事。

好きな店での買い物。

趣味のイベント。

家族との旅行。

本人が楽しみにしていた外出でも、移動、周囲の刺激、人との会話、判断には力を使います。

楽しいという気持ちと、疲れるという反応は同時に起こります。

疲れたから、楽しくなかったとは限りません。

外出後に休んでいる本人へ、「楽しかったのに、なぜ寝ているの」と言うと、楽しんだことまで否定されたように感じる場合があります。

楽しい時間を続けるために、短時間で切り上げる、途中で一人になる、翌日の予定を空けるなどの調整が必要な人もいます。

休息を含めて外出計画を立てることは、消極的な選択ではありません。

自分の生活を長く楽しむための工夫です。

家族ができること

家族は、本人が外出できたことを喜ぶ一方で、帰宅後の疲れに戸惑うことがあります。

まず大切なのは、「少し出ただけなのに」と負担を小さく見積もらないことです。

どの場面が一番疲れたのか。

行く前から不安があったのか。

人や音の多さがつらかったのか。

途中で休めたか。

帰宅後は、どれくらい休むと戻りやすいか。

本人を問い詰めるためではなく、次の外出を楽にするために確認します。

また、善意で予定を増やしすぎないことも大切です。

せっかく出かけたのだから、買い物も済ませよう。

ついでに別の用事も終わらせよう。

この追加が、大きな負担になる場合があります。

予定を一つに絞り、途中で変更できる余白を持つことが安心につながります。

支援者が考えたいこと

支援者は、外出できる回数を増やすことだけを目標にしない視点が必要です。

本人は何のために外出したいのか。

どこで不安が強くなるのか。

一人では難しい部分は何か。
どの時間帯なら動きやすいのか。

どれくらい休憩が必要か。

これらを整理します。

最初は、近所を短く歩く、空いている時間に店へ行く、同行者と通院するなどの方法が合う人もいます。

一方で、不安な場所を長期間避け続けることで、さらに外出しにくくなる場合もあります。

だからといって、本人を突然人混みへ連れ出してよいわけではありません。

不安に段階的に取り組む場合は、本人の希望と治療方針を確認し、専門家と相談しながら進めることが大切です。

職場と学校は通勤・通学も含めて考える

職場や学校では、本人が建物へ到着してからの様子だけが見られやすくなります。

しかし、通勤や通学ですでに大きな力を使っている人がいます。

満員電車。

複数回の乗り換え。

人との距離。

遅延や予定変更。

到着した時点で、集中や対人対応に使える力が少なくなっている場合があります。

職場では、時差出勤、在宅勤務、短時間勤務、休憩場所の確保、外出を伴う業務の調整などが考えられます。

学校では、登校時間の調整、短時間の登校、別室やオンラインでの参加、行事への参加方法の変更などがあります。

外出が難しいことと、働く意欲や学ぶ意欲がないことは同じではありません。

本人と相談し、どの部分を調整すれば参加しやすくなるかを考えることが大切です。

地域生活では外出以外の方法も使える

地域で暮らすためには、買い物、通院、行政手続きなど、外出が必要になる場面があります。

しかし、すべてを本人の単独外出だけで解決する必要はありません。

宅配やオンライン手続き。

電話やオンラインでの相談。

訪問による支援。

家族や支援者の同行。

混雑しにくい時間の利用。

こうした方法を組み合わせることで、生活を維持しやすくなることがあります。

外出を減らすことが、必ずしも社会から逃げることではありません。

必要な負担を減らし、本当に参加したい活動へ力を残す方法でもあります。

一方で、本人が外へ出たいと望んでいるなら、危険だから、疲れるからという理由だけで機会を奪わないことも大切です。

必要な支援を使いながら、本人が選べる範囲を広げていく視点が求められます。

視覚障害当事者として感じること

私は視覚障害当事者であり、盲導犬と生活しています。
私の場合、慣れていない場所へ行くときには、経路、駅の構造、待ち合わせ場所、周囲へ助けを求める方法などを事前に考えます。

盲導犬と歩いている姿だけを見れば、自然に目的地へ向かっているように見えるかもしれません。

しかし、その外出の前後には、周囲からは見えない準備や緊張があります。

もちろん、視覚障害と精神障害の困りごとは同じではありません。

それでも、外から見える結果だけでは、その人が使った力の量までは分からないという点は共通していると感じます。

「行けたのだから問題ない」ではなく、「どうすれば負担を減らしながら続けられるか」と考えることが大切です。

外出の記録から負担を知る

外出後の疲れが続くときは、簡単な記録が役立つ場合があります。

外出した場所。

移動時間。

混雑の程度。

一緒にいた人。

不安や身体症状。

休憩の回数。

帰宅後に必要だった休息。

翌日の状態。

記録を続けると、負担が大きくなりやすい条件が見えやすくなります。

朝より午後の方が動きやすい。

電車より別の交通手段が楽だった。

二つの予定を入れると翌日に響く。

同行者がいる方が安心できる。

こうした傾向が分かれば、次の外出を調整できます。

強い疲れが長く続く、気分の落ち込みや不眠がある、動悸や息苦しさを繰り返す、日常生活が大きく制限されている場合は、主治医や医療機関へ相談することも大切です。

精神障害だけでなく、身体の病気、睡眠、薬の影響などが関係している場合もあるためです。

まとめ

精神障害のある人が外出するだけで疲れてしまう理由は、移動に必要な体力だけではありません。

外出前から続く不安。

経路や持ち物を決めるための判断。

人、音、光、予定変更などへの対応。

発作や失敗を防ぐための警戒。

人に合わせて会話や表情を整える負担。

強迫症状による確認。

帰宅するまで緊張を保ち続けること。

こうした目に見えない負担が重なる場合があります。

外出中に笑えていたことや、無事に用事を終えたことだけでは、本人が疲れていないとは判断できません。

楽しい外出でも疲れることがあります。

短時間出かけられても、帰宅後や翌日に長い休息が必要になる場合があります。
家族は、外出の距離や時間だけで負担を決めつけず、どの場面が難しかったのかを本人と確認することが大切です。

支援者は、外出回数だけを目標にせず、本人の目的と負担を整理する必要があります。

職場や学校は、建物へ着いてからだけでなく、通勤や通学で使う力も含めて考えることが求められます。

地域生活では、同行、訪問、宅配、オンライン手続きなどを組み合わせることで、本当に必要な活動へ力を残すことができます。

外出で疲れる自分を、弱い、情けないと責める必要はありません。

自分がどこで力を使っているのかを知ること。

休憩や回復時間を予定に含めること。

必要な支援を使うこと。

少しずつ、自分に合った外出方法を見つけること。

それらも大切な回復の一部です。

外出できたかどうかだけで人の努力や意欲を判断せず、見えない負担を理解し、その人に合う参加方法を一緒に考える社会へ。

その積み重ねが、精神障害のある人もない人も、自分に合った方法で地域とつながれる共生社会につながります。

次回は「人混みが怖くなるのはなぜか」について解説します。

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