周囲から怠けていると思われる苦しさ
導入文
「できるなら、最初からやっている」
そう言いたくても、言葉にできないことがあります。
朝、布団から出られない。
連絡を返せない。
家事が止まっている。
仕事や学校を休んでいる。
外出できないのに、スマートフォンは触っている。
その一部分だけを見て、周囲から「怠けている」「やる気がない」「甘えている」と思われることがあります。
精神障害のある人の中には、何もしたくないのではなく、したいのに心や体が動かない人がいます。
うつ病による意欲の低下。
不安障害やパニック障害による強い恐怖。
強迫性障害によって確認や手洗いに奪われる時間。
統合失調症による疲れやすさや考えのまとまりにくさ。
双極性障害のうつ状態。
適応障害による特定の環境への強いストレス反応。
困りごとの現れ方は一人ひとり違います。
それでも、外からは症状が見えにくいため、「頑張ればできるのではないか」と受け取られてしまうことがあります。
この記事では、周囲から怠けていると思われることが、なぜ当事者を深く苦しめるのかを考えます。
本人の内側で起きていること、家族や支援者の関わり方、職場や学校に必要な視点、誤解を減らすためにできることまで、具体的に整理していきます。
「やらない」と「できない」は外から区別しにくい
周囲から見えるのは、行動の結果です。
会社に来ていない。
課題が提出されていない。
部屋が片づいていない。
約束の時間に起きられない。
返信が来ない。
しかし、その行動に至るまで本人の中で何が起きていたかは、外からは分かりません。
例えば、一本の電話をかけるだけでも、強い不安で何時間も動けない人がいます。
返信文を何度も考え、相手を怒らせないか不安になり、結局送れなくなる人もいます。
着替えようとしても、服を選ぶ、立ち上がる、洗面所へ行くという一つひとつの動作が大きな負担になることもあります。
怠けているように見える行動の背景に、症状、疲労、不安、自責感、睡眠の問題、薬の影響などが隠れている場合があります。
もちろん、すべての行動を精神障害だけで説明できるわけではありません。
だからこそ、見た目だけで怠けと決めつけるのではなく、何が難しくなっているのかを確かめることが大切です。
休んでいるように見えても休めていない
仕事や学校へ行かず、自宅で横になっている姿は、周囲からは休んでいるように見えます。
しかし、本人の頭の中では、
「また休んでしまった」
「迷惑をかけている」
「明日は行かなければ」
「このまま戻れなくなるのではないか」
という考えが続いていることがあります。
体は横になっていても、心は緊張したままです。
動画を見たり、スマートフォンを触ったりしていると、「遊べるなら仕事もできるはず」と思われる場合があります。
けれども、自分のタイミングで止められる短い活動と、決められた時間に移動し、人と関わり、判断や責任を求められる仕事や学校では、必要な力が違います。
スマートフォンを触れることは、一日働けることや授業へ参加できることの証明にはなりません。
回復の途中では、何もしないように見える時間が必要になることもあります。
その時間まで「怠け」と責められると、本人は休むことにも罪悪感を持ち、回復に必要な休息を取りにくくなります。
昨日できたことが今日はできない苦しさ
精神障害には、体調や症状の波があります。
昨日は買い物へ行けた。
先週は数時間働けた。
人と笑って話せる日もあった。
そのため、状態が悪い日にできないことがあると、「前はできたのに」と言われることがあります。
しかし、昨日できたことが今日も同じようにできるとは限りません。
睡眠、疲労、服薬、気分、不安、周囲の刺激、人間関係、予定の重なりなどによって、使える心身の力は変わります。
調子の良い日に無理をして動いた反動で、翌日に動けなくなる人もいます。
外出中は何とか振る舞えても、帰宅後に何時間も横になることもあります。
本人自身も、この波に戸惑っています。
「昨日できたのだから、今日もできるはず」と自分を責め、できない自分を受け入れられないことがあります。
周囲の理解がないと、その自責感がさらに強くなります。
怠けていると思われることが自分の中に入り込む
精神障害への偏見や否定的な見方を、本人が自分自身に向けてしまうことがあります。
これを自己スティグマと呼びます。
スティグマとは、病気や障害などを理由に否定的な印象を持たれ、価値を低く見られることです。
周囲から何度も「甘えている」「やる気がない」と言われると、本人も「自分は怠け者なのではないか」と思うようになることがあります。
すると、必要な休息を取れなくなります。
症状を隠して無理をします。
相談しても理解されないと思い、医療や福祉につながることをためらいます。
配慮を求めることにも罪悪感を持ちます。
結果として状態が悪化し、さらに活動できなくなることがあります。
怠けという決めつけは、単に本人を傷つけるだけではありません。
相談、治療、支援、社会参加から遠ざける力を持つことがあります。
本人も「できない理由」を説明できないことがある
家族や職場から、「なぜできないのか説明してほしい」と求められることがあります。
しかし、本人も自分の状態を十分に理解できているとは限りません。
ただ体が重い。
頭が動かない。
人に会うことを考えると苦しい。
何から始めればよいか分からない。
その感覚を、相手が納得する言葉にするのは簡単ではありません。
調子が悪いときほど、考えを整理したり説明したりする力も低下する場合があります。
説明できないことを、「理由がない」「都合が悪いから黙っている」と受け取られると、本人はさらに追い詰められます。
その場ですべてを話せなくても、後から文章で伝える、支援者に同席してもらう、体調記録を使うなど、別の方法を選べます。
理解するためには、説明を強く迫るのではなく、本人が伝えやすい方法を一緒に探すことが必要です。
家族が感じる焦りや怒りも否定しない
家族は、本人を心配するほど焦ります。
いつまで休むのか。
将来はどうなるのか。
生活費はどうするのか。
自分が支えられなくなったらどうするのか。
何度声をかけても動かない本人を見て、怒りや疲れを感じることもあります。
家族が悪いわけでも、常に穏やかに対応できるわけでもありません。
ただし、その不安や怒りを「怠けている」という言葉だけで本人へぶつけると、関係が悪化し、本人は相談できなくなることがあります。
家族に必要なのは、すべてを我慢することではありません。
本人の症状と、家族が引き受けられることを分けて考えることです。
生活上のルールや支援の分担について、医療機関、相談支援、訪問看護などを交えて話し合う方法もあります。
本人だけでなく、家族にも相談先と休息が必要です。
支援者は行動の背景を見る
支援者が「できていないこと」だけに注目すると、本人への指導が中心になりやすくなります。
遅刻しないようにする。
毎日外出する。
予定通り行動する。
連絡を必ず返す。
目標自体が必要な場合はあります。
しかし、なぜ難しいのかを整理せずに努力だけを求めても、うまくいかないことがあります。
朝に症状が強いのか。
人混みや移動が負担なのか。
指示が多いと混乱するのか。
失敗への不安が強いのか。
薬の眠気が残るのか。
活動後に長い休息が必要なのか。
背景が分かれば、支援の方法も変わります。
支援とは、できないことを代わりにすべて行うことではありません。
本人が参加しやすい方法を整え、少しずつ選択肢を増やすことです。
職場で「意欲」の問題にしない
職場では、出勤の不安定さ、作業速度の低下、報告の遅れなどが、「仕事への意欲が低い」と受け取られることがあります。
しかし、体調の波、疲れやすさ、集中力の低下、不安、薬の影響などが関係している場合があります。
本人の状況を確認せず精神論で指導すると、無理を重ねて休職や離職につながることがあります。
職場で考えられる工夫には、業務の優先順位を明確にする、指示を一つずつ伝える、短時間勤務から始める、通院や休憩に配慮する、静かに休める場所を用意する、定期的に面談することなどがあります。
合理的配慮は、仕事の責任をすべてなくすことではありません。
障害によって生じている働きにくさを減らし、本人が持つ力を発揮しやすくするための調整です。
本人と話し合いながら、できること、難しいこと、必要な支援を具体的に確認することが大切です。
学校で「さぼり」と決めつけない
学校では、欠席、遅刻、保健室利用、課題の遅れが「さぼり」と見られることがあります。
教室へ入れなくても、本人は学校のことを一日中考えているかもしれません。
課題を出せなくても、何度も取り組もうとして止まっている場合があります。
友人と遊べる日があっても、毎日決まった時間に登校し、集団の中で長時間過ごせるとは限りません。
登校だけを回復の基準にすると、本人の小さな変化が見えなくなります。
短時間の参加。
別室での学習。
オンラインでのやり取り。
自宅で取り組んだ課題。
相談室へ行けたこと。
これらも学びや社会とのつながりです。
学校では、本人や保護者、医療・支援機関と話し合い、参加方法、課題量、期限、相談先などを調整することが大切です。
「怠けではない」と伝えるだけで終わらない
本人を理解するために、「怠けではない」と伝えることは大切です。
ただし、それだけで生活の問題がすべて解決するわけではありません。
症状があるから何もしなくてよいと決めつけることも、本人の希望や可能性を狭める場合があります。
必要なのは、責めることと支援することを区別することです。
できなかった事実を無視するのではなく、なぜ難しかったのかを確認する。
今の状態でできる範囲を考える。
環境を調整する。
治療や支援につながる。
本人が担えることを一緒に決める。
支援とは、本人を責任から排除することではありません。
責められる恐怖を減らし、その人が現実的に取り組める方法をつくることです。
当事者が自分を守るためにできること
周囲の誤解をすべて本人が解かなければならないわけではありません。
それでも、自分の状態を伝える準備が役立つ場合があります。
調子が悪くなるサイン。
難しくなりやすい時間帯や作業。
休めば戻りやすい時間。
声をかけてほしい方法。
避けてほしい対応。
連絡できないときの代替方法。
これらを、体調が比較的安定しているときに整理します。
口頭で伝えにくければ、メモやメールを使ってもよいでしょう。
主治医、相談支援専門員、就労支援員、学校の相談担当者などに、説明を手伝ってもらう方法もあります。
そして、自分自身まで「怠けている」と決めつけないことが大切です。
休息が必要な状態と、できることを少しずつ広げる時期は、同じではありません。
自分だけで判断できないときは、専門家と相談しながら今の状態を整理してよいのです。
回復は他人と同じ速度で動くことではない
精神障害からの回復は、一直線には進まないことがあります。
できる日とできない日を繰り返す。
少し活動したあとに休む。
働く時間を減らして安定を優先する。
学校以外の場所で学ぶ。
支援を受けながら地域で暮らす。
こうした形も回復の過程です。
周囲と同じ時間に、同じ量を、同じ方法でこなせることだけが回復ではありません。
本人に合った方法で生活の安定を取り戻し、自分で選べることを増やしていくことも大切です。
小さな変化を「それくらい」と軽く見ず、本人が使った力を理解することが支えになります。
まとめ
精神障害のある人が周囲から怠けていると思われる苦しさは、単に嫌な言葉をかけられることだけではありません。
見えにくい症状や疲労、不安を信じてもらえないこと。
できない自分を責め続けること。
休むことにも罪悪感を持つこと。
相談や支援を求めにくくなること。
家族、職場、学校との関係が悪化すること。
これらが重なり、本人を孤立させる場合があります。
外から見える「していない」という結果だけでは、本人が何に苦しみ、どれほど力を使っているかは分かりません。
昨日できたことが今日できない場合もあります。
スマートフォンを触れても、仕事や学校へ参加する力が残っているとは限りません。
本人も、なぜ動けないのかをうまく説明できないことがあります。
大切なのは、すぐに怠けと決めつけることではありません。
何が難しくなっているのか。
どのような環境なら参加しやすいのか。
治療や支援が必要ではないか。
本人と一緒に考えることです。
家族も一人で抱え込む必要はありません。
支援者は行動の背景を見て、職場や学校は意欲だけの問題にせず、具体的な環境調整を考える必要があります。
そして本人も、周囲の言葉をそのまま自分の価値にしなくてよいのです。
休むことが必要な時期もあります。
小さな一歩を積み重ねる時期もあります。
回復の形や速度は一人ひとり違います。
「なぜできないのか」と責める社会ではなく、「何があればできるのか」を一緒に考える社会へ。
その視点が、精神障害のある人の孤立を減らし、誰もが困ったときに支援を求められる共生社会につながります。
次回は「症状が見えない障害の難しさ」について解説します。
