SNSが自己肯定感を下げることもある
導入文
SNSを閉じた後、なぜか気持ちが沈んでいる。
誰かに悪口を言われたわけではない。
自分の投稿が批判されたわけでもない。
それなのに、楽しそうな友人の写真や、仕事で活躍している同年代の投稿を見ているうちに、自分の毎日だけが色あせて見えることがあります。
「自分には何もない」
「このままで大丈夫なのだろうか」
「周りは前に進んでいるのに、自分だけ止まっている」
そう感じた後で、さらに自分を責めてしまう人もいます。
「人の幸せを素直に喜べない自分は嫌だ」
「SNSに振り回される自分は弱い」
「気にしなければいいだけなのに、それができない」
しかし、SNSを見て自己肯定感が下がるのは、本人の性格だけが原因ではありません。
SNSでは、人の暮らしの中でも特に見せたい場面が集まりやすくなります。
うまくいったこと。
楽しかった時間。
評価された仕事。
幸せそうな恋愛。
整えられた部屋。
充実した休日。
私たちは、そうした多くの人の「見せたい瞬間」を続けて見ながら、自分の生活全体と比べてしまいます。
自分には、失敗した日も、何もできない日も、体調が悪い日もあります。
けれど、相手の画面からは、その人の迷いや孤独までは見えません。
私は視覚障害当事者であり、盲導犬ユーザーとして生活しています。
iPhoneのVoiceOverを使ってSNSを利用しているため、投稿内容や反応を音声で確認しています。
画面が見えるかどうかに関係なく、他人の生活と自分を比べてしまうことはあります。
特に、障害や病気、家庭環境、経済状況などによって、同じように行動できないときには、SNS上の「普通」が自分を苦しめる基準になることもあります。
SNSは、人とつながり、情報を得て、孤独を軽くしてくれる大切な道具です。
一方で、使い方や心の状態によっては、自分を認める力を少しずつ弱めることもあります。
この記事では、SNSが自己肯定感を下げることがある理由と、自分を否定しすぎずに利用するための考え方を、具体的に整理していきます。
1.自己肯定感とは、自信があることだけではない
自己肯定感という言葉を聞くと、「自分は何でもできると思えること」「自分に自信があること」と考える人がいるかもしれません。
しかし、自己肯定感は、成功している自分だけを好きになることではありません。
失敗したとき。
人より遅れていると感じるとき。
何もできない日。
誰からも褒められないとき。
そうした状態でも、「今の自分にも存在する価値がある」と感じられることが大切です。
自信は、できることや得意なことによって変わります。
一方で、自己肯定感は、できるかどうかだけではなく、自分をどのように扱うかに関係します。
失敗したときに、自分を必要以上に責めない。
苦しいときに、助けを求めてもよいと思える。
自分とは違う人を見ても、自分の価値まで失ったように感じない。
こうした感覚が、自己肯定感の土台になります。
SNSによって苦しくなるのは、単にうらやましい人が見えるからではありません。
他人の成果や反応を基準にして、自分の価値を判断する時間が増えるからです。
2.SNSには「うまくいっている瞬間」が集まりやすい
多くの人は、日常のすべてをSNSに投稿しているわけではありません。
旅行に行った日。
おいしい料理を食べた日。
試験に合格した日。
仕事で成果を出した日。
恋人や家族と楽しく過ごした日。
そうした人に見せたい場面を選んで投稿します。
これは、誰かをだますためとは限りません。
自分の大切な思い出を残したい。
うれしかった出来事を共有したい。
頑張ったことを知ってほしい。
そのような自然な気持ちから投稿する人も多いでしょう。
しかし、見る側には、多くの人の良い場面だけが連続して流れてきます。
一人目は旅行。
二人目は昇進。
三人目は結婚。
四人目は資格取得。
五人目は趣味を楽しんでいる。
それを見ている自分は、疲れて横になっているかもしれません。
仕事が決まらず悩んでいるかもしれません。
家族や恋人との関係に苦しんでいることもあります。
他人の見せたい場面と、自分の見せていない日常を比べれば、自分の方が劣って見えやすくなります。
SNSに映っていない時間にも、その人なりの悩みや失敗があります。
けれど、見えないものを想像することは簡単ではありません。
3.見ているうちに「普通」の基準が高くなる
SNSを毎日見ていると、何が普通なのかという感覚が変わることがあります。
休日には出かけるのが普通。
若いうちに多くの経験をするのが普通。
仕事では成長し続けるのが普通。
恋人がいて、いずれ結婚するのが普通。
部屋や服装を整えているのが普通。
趣味や推し活を充実させているのが普通。
しかし、それらをすべて満たしている人は、実際には多くないかもしれません。
一人ひとりが持っている一部分を、続けて見ていることで、「みんなは全部できている」と感じてしまうのです。
たとえば、仕事で活躍している人と、恋愛が充実している人と、趣味を楽しんでいる人は別々かもしれません。
ところが、SNSを見ている側の心の中では、それらが一つの理想的な人物像として組み合わされます。
仕事もできる。
友人も多い。
恋愛も順調。
休日も充実している。
見た目も整っている。
その基準と自分を比べれば、足りないものばかりが目につきます。
自己肯定感が下がる背景には、現実には存在しないほど高い「普通」を、自分に求めてしまうことがあるのです。
4.自分の欠点ばかりを探すようになる
SNSを見る前は気にならなかったことが、見た後に欠点のように感じられることがあります。
同年代の収入を知って、自分の仕事に自信を失う。
整った容姿の人を見て、自分の見た目が嫌になる。
恋人との楽しそうな投稿を見て、一人でいる自分を恥ずかしく感じる。
育児や家事を上手にこなしている人を見て、自分は何もできていないと思う。
人は一度「自分は劣っているのではないか」と思うと、それを裏付ける情報を探しやすくなることがあります。
うまくできたことより、できなかったことが気になる。
褒められた言葉より、否定された一言が残る。
自分にあるものより、ないものばかりを見る。
その結果、日常の小さな前進まで見えにくくなります。
今日は起きられた。
必要な連絡ができた。
無理な誘いを断れた。
体調が悪い中でも食事を取れた。
誰かに相談できた。
こうしたことにも意味があります。
しかし、SNS上の大きな成果を基準にすると、自分の日常は評価するほどのものではないように感じられます。
5.容姿や体型への不安が強くなることもある
SNSでは、容姿や体型に関する情報も多く流れてきます。
加工された写真。
条件の良い場所で撮影された動画。
美容や運動の成果。
理想的な服装や生活。
それらを何度も見ると、自分の見た目に対する不満が強くなることがあります。
写真や動画には、撮影する角度、光、表情、加工など、多くの工夫が含まれています。
しかし、見ている側は、完成した結果だけを受け取ります。
自分の普段の姿と、相手が選び抜いた一枚を比べてしまうのです。
特に成長期の若者や、自分の見た目に不安を抱えている人にとって、容姿の比較は大きな負担になることがあります。
「もっと痩せなければ」
「この顔では好かれない」
「見た目を整えなければ価値がない」
そうした考えが強くなると、食事や生活、人間関係にも影響することがあります。
大切なのは、SNSに映る姿がその人のすべてではないと知ることです。
容姿は、人の価値の一部分でさえありません。
誰かを支える優しさ。
話を聞く力。
誠実さ。
工夫を続ける力。
一緒にいると安心できること。
こうした価値は、写真の中には映りにくいものです。
6.恋愛や結婚の投稿が孤独を強める
SNSでは、恋愛や結婚に関する報告も目に入ります。
交際記念日。
プロポーズ。
結婚式。
妊娠や出産。
家族で過ごす休日。
祝福したい気持ちがありながら、自分だけ取り残されたように感じることもあります。
恋愛や結婚を望んでいる人にとっては、将来への不安が強くなるかもしれません。
一方で、本当は恋愛や結婚を急いでいなかった人まで、「周囲と同じように進まなければ」と焦ることがあります。
恋愛離れや結婚離れという言葉がありますが、人が恋愛や結婚を選ばない理由はさまざまです。
経済的な不安。
仕事との両立。
人間関係への疲れ。
一人で暮らすことを大切にしたい気持ち。
障害や病気への不安。
単純に、今は望んでいないという人もいます。
どの選択が正しいということではありません。
SNSで見える人生だけを標準にすると、自分に合った生き方を見失うことがあります。
誰かの幸せと、自分の幸せは同じ形でなくてもよいのです。
7.「頑張っている人」を見て休めなくなる
SNSには、勉強、仕事、副業、運動、資格取得など、努力している人の発信も多くあります。
それを見て刺激を受け、行動するきっかけになることもあります。
一方で、心や体が疲れているときには、その投稿が自分を責める材料になることがあります。
朝早くから勉強している人がいる。
仕事の後に副業している人がいる。
休日にも成長のために行動している人がいる。
それを見て、「自分も休んでいてはいけない」と感じます。
タイパを重視する文化の中では、何もしない時間や遠回りが無駄に見えやすくなります。
しかし、人には休む時間が必要です。
体調を整える時間。
悩みを整理する時間。
何も考えずに過ごす時間。
すぐに成果へつながらなくても、生活を支える大切な時間があります。
特に障害や病気がある人は、移動や情報収集、体調管理に多くの力を使うことがあります。
見える成果だけを比較して、自分は努力していないと決めつける必要はありません。
8.障害や特性がある人が感じやすい「できなさ」
障害や発達特性、精神的な不調、知的障害、境界知能、難病などがある人は、SNS上の生活と自分との差に苦しくなることがあります。
簡単そうに紹介されている方法が、自分にはできない。
同じ障害がある人が活躍しているのに、自分は同じように動けない。
支援を受けながら生活する自分と、一人で多くのことをこなす人を比べてしまう。
同じ診断名や障害があっても、状態や生活環境は異なります。
受けられる支援。
家族との関係。
経済状況。
得意不得意。
住んでいる地域。
体調の変化。
同じ条件の人はほとんどいません。
私自身も視覚障害者ですが、すべての視覚障害者が同じ方法で生活しているわけではありません。
白杖を使う人もいれば、盲導犬と歩く人もいます。
一人で移動できる範囲も違います。
得意なことや、支援が必要な場面も異なります。
誰かの発信が希望になることはあります。
しかし、それが「同じ障害なら自分もできるはず」という圧力になると、自己肯定感を下げることがあります。
人によって必要な支援や進む速度が違うことを、本人も周囲も理解することが大切です。
9.SNSから離れるだけでは解決しないこともある
SNSを見て苦しくなると、「見なければいい」と言われることがあります。
確かに、利用時間を減らすことで気持ちが軽くなる場合はあります。
しかし、SNSは単なる娯楽ではありません。
友人との連絡。
学校や仕事の情報。
趣味のつながり。
障害福祉制度の情報。
同じ悩みを持つ人との交流。
社会とつながるために必要としている人もいます。
そのため、完全にやめるか、我慢して使い続けるかの二択にする必要はありません。
苦しくなる投稿をミュートする。
見る時間を決める。
疲れている日は開かない。
容姿や成功に関する投稿を見た後は、少し休む。
安心できる人の発信を中心に見る。
使い方を調整する方法があります。
SNSから距離を取ることは、逃げではありません。
自分の心を守りながら、人とのつながりを続けるための工夫です。
10.自己肯定感を守るためにできること
SNSを使いながら自己肯定感を守るためには、自分の状態に気づくことが大切です。
見る前より気持ちが沈んでいないか。
特定の人の投稿を見ると苦しくならないか。
焦りや不安が強い日に、長時間見続けていないか。
SNSを閉じた後、自分を責める言葉が増えていないか。
こうした変化を確認します。
次に、自分の生活をSNS上の基準だけで評価しないことです。
今日できたこと。
続けていること。
誰にも見せていない努力。
自分なりに大切にしていること。
それを言葉にしてみます。
大きな成果である必要はありません。
また、現実の中で安心できる関係を持つことも大切です。
何かを達成したときだけではなく、失敗したときにも話せる人。
明るく振る舞わなくても、受け入れてくれる人。
意見が違っても、人格まで否定しない人。
そうした関係は、数字や見た目では得られない安心を与えてくれます。
つらさが長く続き、眠れない、食欲がない、学校や仕事へ行けないなど、生活に影響している場合には、一人で抱え込まないことも大切です。
家族、学校の先生、相談員、医療機関、福祉関係者などへ相談して構いません。
SNSに苦しくなることも、相談してよい悩みです。
11.保護者や教育関係者ができること
若者がSNSによって落ち込んでいるとき、利用時間だけを問題にすると、本当の苦しさが見えないことがあります。
「またスマホを見ている」
「人と比べても仕方がない」
「気にしすぎだ」
そう言われると、本人は気持ちを話せなくなるかもしれません。
まずは、どのような投稿を見て苦しくなったのかを聞くことが大切です。
容姿なのか。
成績や進路なのか。
友人関係なのか。
恋愛や結婚なのか。
仕事や将来への不安なのか。
その背景によって、必要な支えは異なります。
学校や家庭では、結果だけでなく過程を見ることも必要です。
成績、進学先、友人の多さ、発信力だけで人を評価しない。
困っていることを話せたこと。
無理をせず休めたこと。
自分に合う方法を考えたこと。
目立たない変化も認めることが、自己肯定感を支えます。
12.多様な生き方が見えるSNSへ
SNSは、自己肯定感を下げるだけの場所ではありません。
これまで知ることができなかった考え方や生き方に出会える場所でもあります。
障害のある人の生活。
学校以外の学び方。
正社員以外の働き方。
恋愛や結婚を選ばない人生。
病気と付き合いながら暮らす人。
一人の時間を大切にする人。
多様な発信に触れることで、「自分もこのままでよい」と安心できることがあります。
問題は、SNSそのものではありません。
一部の成功や価値観だけが強く目立ち、それが唯一の正解のように見えることです。
共生社会に必要なのは、多くの反応を集める人だけではなく、さまざまな状態や生き方が尊重されることです。
立ち止まっている人。
支援を受けている人。
静かに暮らしたい人。
人とは違う方法を選ぶ人。
そうした人も、自分の存在を否定せずにいられる発信や社会が求められます。
まとめ
SNSが自己肯定感を下げることがあるのは、本人の心が弱いからではありません。
SNSには、人のうまくいっている場面が集まりやすく、他人の成果と自分の日常を比べやすい環境があります。
さまざまな人の良い部分を続けて見ることで、現実には存在しないほど高い「普通」が作られることもあります。
仕事。
収入。
容姿。
恋愛。
結婚。
友人関係。
趣味。
推し活。
充実した休日。
すべてを持っていなければ、自分は足りない人間だと感じる必要はありません。
SNSに映っているのは、その人の生活の一部分です。
見えない場所には、迷いや失敗、寂しさ、何もできない日もあります。
もしSNSを見た後に、自分の欠点ばかりが気になるなら、少し距離を調整してよいのです。
ミュートする。
見る時間を減らす。
疲れている日は開かない。
自分を苦しめる情報から離れる。
それは、弱さではありません。
自分を守るために必要な選択です。
そして、自分の価値を、SNS上の基準だけで決めないでください。
誰にも見せていない努力があります。
数字にならない優しさがあります。
今日を何とか過ごしたことにも意味があります。
支援を受けながら生きることも、自分に合った方法を選ぶことも、価値のある生き方です。
自己肯定感とは、誰かより優れていると感じることではありません。
人と同じようにできない日にも、自分を見捨てないことです。
多様な価値観や生き方を認められる社会は、他人と違う自分を否定しなくてもよい社会です。
SNSが、人を比べて順位をつける場所だけではなく、それぞれの生き方を知り、支え合える場所になること。
その積み重ねが、障害の有無に関係なく、誰もが自分の存在を大切にできる共生社会につながるのだと思います。
次回は、共生社会シリーズの共生社会の基礎知識編(共生社会は誰のためのものなのか)について解説します。
