ADHDを理解することから始めよう
導入文
「何度言っても忘れるのは、話を聞いていないから」
「遅刻するのは、時間を守る気がないから」
「落ち着きがないのは、我慢が足りないから」
「好きなことには集中できるのだから、苦手なことも本気を出せばできるはず」
ADHDのある人は、日常のさまざまな場面で、このように受け止められることがあります。
本人も、忘れたくて忘れているわけではありません。
遅刻したくて遅刻しているわけでもありません。
相手を困らせたいわけでも、約束を軽く考えているわけでもありません。
それでも、同じような失敗が繰り返されることがあります。
その姿を見ている家族や先生、職場の人も、どう関わればよいのか分からなくなるでしょう。
本人に悪気がないことは分かっていても、周囲が困っている事実もあります。
だからこそ必要なのは、どちらか一方を責めることではありません。
ADHDという診断名だけで人を判断するのでもなく、特性だから仕方がないとすべてを受け入れるのでもありません。
その人がどの場面で困り、何があると行動しやすくなるのかを知ることです。
今回はADHD編の締めくくりとして、「ADHDを理解する」とは何を意味するのかを、当事者、家族、学校、職場、支援者など、さまざまな立場から考えます。
ADHDとはどのような発達障害なのか
ADHDは、注意欠如・多動症と呼ばれる発達障害です。
主な特性には、不注意、多動性、衝動性があります。
不注意とは、必要なことへ注意を向け続けたり、複数の予定や持ち物を管理したりすることに難しさが現れる特性です。
多動性とは、じっとしていることへの負担が大きかったり、体や頭の中が常に動いているように感じたりする特性です。
衝動性とは、結果を十分に考える前に言葉や行動が出やすい特性です。
ただし、すべての人に同じ特性が、同じ強さで現れるわけではありません。
忘れ物が多い人もいれば、忘れないように何度も確認する人もいます。
よく話す人もいれば、発言で失敗しないよう黙っている人もいます。
外では問題なく見えても、帰宅後に何もできなくなるほど疲れている人もいます。
ADHDを理解するためには、一般的な特徴だけでなく、その人自身の困りごとを見る必要があります。
理解することは、何でも許すことではない
ADHDへの理解という言葉を聞くと、
「特性を理由に、何をしても許されるのか」
と疑問に感じる人もいるかもしれません。
しかし、理解することと、すべての行動を許すことは違います。
約束を忘れれば、相手が困ることがあります。
衝動的な言葉によって、人を傷つけることもあります。
仕事の提出が遅れれば、ほかの人の業務へ影響する場合があります。
特性があることは、相手が受けた影響を考えなくてよい理由にはなりません。
一方で、本人を叱り続けるだけでも、同じ問題が繰り返されます。
大切なのは、
何が起きたのか。
なぜ起きやすかったのか。
相手にどのような影響があったのか。
次に失敗を減らすため、何を変えられるのか。
この順番で考えることです。
責任を求めることと、特性を理解することは両立できます。
「やる気がない」と決めつけない
ADHDのある人は、やらなければならないことを理解していても、行動を始められない場合があります。
提出物がある。
部屋を片付けなければならない。
連絡を返さなければならない。
本人も必要性は分かっています。
しかし、どこから始めればよいか分からない。
作業が大きく見え、気持ちが重くなる。
別の刺激へ注意が移る。
期限が迫るまで、現実感を持ちにくい。
こうしたことが重なる場合があります。
周囲から見ると、何もしないまま時間が過ぎているため、やる気がないように見えます。
そこで、
「早くしなさい」
「本気を出しなさい」
と繰り返しても、行動の始め方が分からなければ変わりません。
「机の上のごみを捨てる」
「提出用のファイルを開く」
「最初の一行だけ書く」
というように、最初の行動を具体的にすると動きやすくなることがあります。
「できた日」を基準に責めない
ADHDの特性には、状況による変動が見られることがあります。
昨日はできたのに、今日はできない。
好きなことには集中できるのに、単調な作業は進まない。
締め切り直前には動けるのに、余裕があると始められない。
この違いから、
「できるのに、やらないだけ」
と判断されることがあります。
しかし、できた日には、本人が気づいていない条件がそろっていたのかもしれません。
締め切りが近かった。
周囲に一緒に取り組む人がいた。
作業の目的が明確だった。
余計な音や中断が少なかった。
前日に十分眠れていた。
できなかった日を責めるだけでなく、できた日の条件を探すことが大切です。
理解とは、失敗の原因だけでなく、成功した理由にも目を向けることです。
当事者に必要なのは、自分を知ること
ADHDを理解することは、周囲だけの課題ではありません。
当事者自身が、自分の特性を知ることも大切です。
ただし、
「私はADHDだから何もできない」
と考えるためではありません。
忘れやすい場面はどこか。
集中しやすい時間帯はいつか。
疲れると、どのような失敗が増えるか。
口頭と文章では、どちらの指示が分かりやすいか。
一人で進める場合と、誰かに確認してもらう場合では、どちらが安定するか。
自分に必要な条件を具体的に知るためです。
診断名だけでは、生活の方法は決まりません。
自分の失敗を責める材料ではなく、対策を選ぶための情報として特性を捉えることが大切です。
家族が理解するときに気をつけたいこと
家族は、本人の困りごとを近くで見ています。
何度も忘れ物を届ける。
支払いを確認する。
学校や職場からの連絡に対応する。
散らかった物を片付ける。
家族が支えてきたからこそ、生活が保たれている場合もあります。
その一方で、家族がすべてを先回りすると、本人が自分で試す機会を失うことがあります。
反対に、自立させようとして、急にすべてを任せれば、生活が崩れることもあります。
家族の支援では、
本人が一人でできる部分。
仕組みがあればできる部分。
確認や手助けが必要な部分。
現在は家族が担う必要がある部分。
これらを分けて考えることが大切です。
支えるか、任せるかの二択ではありません。
本人の状況に合わせ、支援の量を調整する必要があります。
子どものADHDを学校で理解する
学校では、授業の内容だけでなく、多くの行動が求められます。
時間割に合わせて動く。
必要な物を準備する。
先生の話を聞きながら板書する。
周囲の子どもと同じ速度で行動する。
提出期限を覚える。
休み時間から授業へ気持ちを切り替える。
これらに困難がある子どもは、
「落ち着きがない」
「忘れ物が多い」
「話を聞かない」
と評価されやすくなります。
しかし、注意する回数を増やすだけでは、本人も教師も疲れてしまいます。
授業の流れを見えるようにする。
指示を短く、一つずつ伝える。
提出物を置く場所を統一する。
席の位置を調整する。
課題を小さく区切る。
休憩や体を動かす時間を取り入れる。
こうした方法で、参加しやすくなる子どももいます。
大切なのは、「できない子」と決めることではありません。
どの方法なら学びやすいのかを探すことです。
大人のADHDを職場で理解する
大人のADHDでは、仕事の能力があっても、報告、予定管理、優先順位、時間管理などで困る場合があります。
仕事を頼まれた時点では覚えていたが、別の依頼で抜け落ちる。
口頭指示の一部を聞き逃す。
複数の仕事が重なると、優先順位を決められない。
集中している途中で話しかけられ、元の作業へ戻れなくなる。
こうしたことが続くと、本人は「注意力がない人」と評価されるかもしれません。
職場では、
指示を文章でも残す。
締め切りと優先順位を明確にする。
相談する相手を決める。
定期的に進捗を確認する。
集中が必要な時間は中断を減らす。
曖昧な注意ではなく、具体的な行動を伝える。
といった対応が考えられます。
職場で求められる成果をなくすのではありません。
成果を出しやすい方法へ調整することが必要です。
女性のADHDは気づかれにくいことがある
女性のADHDでは、目立つ多動性よりも、忘れやすさ、頭の中の混乱、疲労、感情の揺れなどが中心となる場合があります。
また、周囲に合わせることを求められ、特性を隠すために多くの努力をしている人もいます。
忘れないように、何度も確認する。
遅刻しないように、必要以上に早く行動する。
話を聞いていないと思われないよう、相づちや表情を意識する。
家事や育児ができないと思われないよう、無理をして抱え込む。
外からは問題がないように見えても、本人は限界に近いことがあります。
「できているから困っていない」と判断せず、どれだけ無理をしているかを見ることが大切です。
ASDや学習障害が併存することもある
ADHDだけでなく、ASDや学習障害の特性をあわせ持つ人もいます。
ASDは、自閉スペクトラム症と呼ばれる発達障害です。
人とのやりとり、予定変更、感覚の受け取り方、こだわりなどに特性があります。
ADHDの特性で予定を管理しにくい一方、ASDの特性で急な予定変更に強い負担を感じる人もいます。
学習障害はLDとも呼ばれます。
読む、書く、計算するなど、特定の学習分野に大きな困難がある発達障害です。
文章を読むことに時間がかかる。
書類を作るだけで強く疲れる。
数字を読み違えやすい。
こうした困りごとを、すべて不注意だけで説明してはいけません。
本人の困りごとが、どの特性と関係しているのかを丁寧に見る必要があります。
グレーゾーンでも困りごとは存在する
診断基準をすべて満たしていなくても、ADHDに似た特性によって困っている人はいます。
いわゆるグレーゾーンです。
グレーゾーンは正式な診断名ではありません。
診断がないため、
「この程度で相談してはいけない」
「自分の努力不足に違いない」
と考える人もいます。
しかし、診断名の有無と、日常生活の困難の大きさは同じではありません。
予定を見える形にする。
作業を分ける。
通知やメモを使う。
指示を文章で確認する。
休憩を予定に入れる。
こうした工夫は、診断を受けた人だけのものではありません。
困りごとがあるなら、自分に合う方法を使ってよいのです。
合理的配慮とは何か
合理的配慮とは、障害のある人が学校や職場、社会生活へ参加しやすくなるよう、困難の原因となっている環境や方法を個別に調整することです。
ADHDに関する合理的配慮には、
口頭指示を文章でも伝える。
締め切りを具体的に示す。
作業を小さな単位へ分ける。
刺激の少ない席を検討する。
短い休憩を取りやすくする。
相談担当者を決める。
といった方法があります。
合理的配慮は、本人が何もしなくてよい仕組みではありません。
本人が自分の役割を果たしやすくするための調整です。
また、ADHDという診断名が同じでも、必要な配慮は人によって異なります。
本人と周囲が困りごとを共有し、実際に試しながら見直すことが大切です。
理解のない環境が二次障害につながることもある
ADHDの特性そのものより、周囲から責められ続けた経験に苦しんでいる人もいます。
何度言われてもできない。
また迷惑をかけた。
自分は信用されていない。
どこへ行っても失敗する。
そうした思いが積み重なると、不安、気分の落ち込み、不眠、登校や出勤の困難などにつながる場合があります。
これを二次障害といいます。
二次障害とは、発達障害そのものではなく、失敗体験、叱責、孤立、過度な緊張などが積み重なって起こる心身の不調です。
本人の自信を取り戻すには、苦手な部分を責め続けるだけでは不十分です。
できた経験を積み、自分に合う方法を知り、安心して相談できる関係を作ることが必要です。
支援者に求められる理解
支援者は、診断名から本人を判断しないことが大切です。
ADHDだから片付けができない。
ADHDだから時間を守れない。
ADHDだから人間関係が苦手。
このように決めつければ、本人の得意なことや、すでに行っている努力を見落としてしまいます。
まず本人の話を聞きます。
何に困っているのか。
本人はどのような工夫をしているのか。
過去にうまくいった方法は何か。
周囲にどのようなことを望んでいるのか。
支援者が正しい方法を一方的に教えるのではありません。
本人と一緒に、続けられる方法を探すことが大切です。
視覚障害当事者として感じる理解の意味
私は視覚障害があり、周囲の状況を目で確認することができません。
それでも、音声読み上げ、スマートフォン、盲導犬、周囲の人からの声かけなど、必要な方法があれば、自分でできることは増えます。
視覚障害とADHDは異なります。
しかし、本人の能力だけを見て「できない」と判断するのではなく、情報の伝え方や環境を変えることで、行動しやすくなる点には共通する部分があります。
理解とは、かわいそうだと思うことではありません。
本人の代わりに、すべてを行うことでもありません。
どのような方法なら、本人が自分で確認し、選び、行動できるのかを一緒に考えることです。
当事者に伝えたいこと
忘れ物が多い。
人間関係で失敗した。
仕事が続かなかった。
部屋を片付けられない。
予定を守れなかった。
そうした経験が重なると、自分のすべてが間違っているように感じるかもしれません。
しかし、苦手なことがあることと、あなたの人間としての価値は同じではありません。
特性を知ることは、あきらめるためではありません。
自分に合う方法を見つけるためです。
忘れやすいなら、記録する仕組みを使う。
集中しにくいなら、刺激を調整する。
作業を始めにくいなら、最初の一歩を小さくする。
一人で難しいなら、確認を頼む。
周囲と違う方法を使ってもよいのです。
自分を責めることに使っていた力を、生活を整えるために使えるようになること。
それも、自分を理解することの一つです。
まとめ
ADHDを理解することは、診断名や特徴を覚えるだけではありません。
忘れ物、遅刻、片付け、時間管理、感情、人間関係などの問題を、本人の性格だけで判断しないことです。
同時に、特性だから仕方がないと、相手への影響を無視することでもありません。
何が起きたのか。
なぜ起きやすかったのか。
誰がどのように困ったのか。
次に何を変えられるのか。
この流れを、本人と周囲が一緒に考えることが必要です。
ADHDの特性は一人ひとり違います。
ASDや学習障害が併存する人もいます。
グレーゾーンで、診断がないまま困っている人もいます。
大人になってから特性に気づく人もいます。
女性のADHDのように、周囲へ合わせる努力によって困りごとが見えにくい場合もあります。
失敗や叱責が続けば、二次障害につながることもあります。
だからこそ、困っている本人へ、さらに努力だけを求めるのではなく、環境や方法を見直すことが大切です。
合理的配慮は、本人を特別扱いするためのものではありません。
必要な情報を受け取り、自分の役割を果たし、安心して生活するための環境調整です。
発達障害への理解は、大きな制度や特別な知識から始まるとは限りません。
曖昧な指示を具体的に伝える。
失敗を責める前に、起きた理由を確認する。
本人の話を途中で決めつけずに聞く。
できなかったことだけでなく、できた条件を探す。
そのような日常の小さな関わりから始まります。
本人だけが周囲へ合わせ続ける社会ではなく、周囲も伝え方や環境を少しずつ変えていく社会にすること。
誰かの困りごとを、その人だけの責任にしないこと。
それが、ADHDへの理解であり、共生社会への一歩です。
次回は、同シリーズの学習障害編「学習障害とは何か」について解説します。
