ADHDの人が疲れやすい理由
導入文
「仕事中は普通に動けていたのに、家へ帰ると何もできなくなる」
「人と話しただけで、頭の中がいっぱいになる」
「休日は寝て終わってしまい、家族から怠けていると思われる」
「やりたいことはあるのに、体も頭も動かない」
ADHDの特性がある人の中には、周囲から見える活動量以上に、強い疲れを感じている人がいます。
仕事や学校では明るく振る舞い、頼まれたことにも対応している。
それなのに、帰宅すると着替えることさえ面倒になる。
食事を作れない。
連絡を返せない。
休日はほとんど寝て過ごしてしまう。
そんな状態が続くと、本人も「自分は体力がないのだろうか」「気持ちが弱いのではないか」と考えてしまいます。
家族や職場からも、
「昼間は元気だったのに」
「好きなことなら動けるよね」
「少し休めば回復するでしょう」
と言われることがあります。
しかし、ADHDの人が感じる疲労は、体を動かした量だけでは説明できない場合があります。
注意を保つ。
周囲の刺激から必要な情報を選ぶ。
衝動的な言葉を止める。
忘れないように何度も確認する。
予定に遅れないよう緊張する。
周囲に特性を知られないよう振る舞う。
こうした目に見えにくい努力が、一日の中で積み重なっていることがあります。
今回は、発達障害シリーズ第42回として、「ADHDの人が疲れやすい理由」について、ASD、学習障害、グレーゾーン、大人、女性、二次障害、合理的配慮の視点も含めて解説します。
ADHDの疲れやすさは診断基準そのものではない
最初に知っておきたいのは、「疲れやすい」という特徴だけでADHDと判断できるわけではないということです。
ADHDは、注意欠如・多動症と呼ばれる発達障害です。
主な特性には、不注意、多動性、衝動性があります。
一方、疲労は睡眠不足、過労、身体的な病気、不安、気分の落ち込み、生活リズムの乱れなど、さまざまな理由で起こります。
そのため、強い疲労が長く続く場合や、以前はできていたことが急にできなくなった場合は、すべてをADHDの特性だけで説明しないことが大切です。
必要に応じて、医療機関へ相談することも必要です。
ただし、ADHDの特性によって日常生活で使うエネルギーが増え、その結果として疲れを感じやすくなる人はいます。
注意を向け続けるだけで疲れることがある
私たちの周囲には、さまざまな情報があります。
話し声。
電話の音。
パソコンの通知。
人の動き。
室温。
におい。
机の上の物。
今取り組んでいる作業。
ADHDのある人の中には、必要な情報だけを選び、そこへ注意を向け続けることに大きな力を使う人がいます。
例えば、会議中に上司の説明を聞いていても、廊下の足音や隣の人のキーボード音が気になることがあります。
説明を聞こうと意識する。
別の音へ注意が移る。
聞き逃した部分を推測する。
内容をメモする。
再び説明へ注意を戻す。
外から見ると、椅子に座って話を聞いているだけです。
しかし、本人の中では何度も注意を戻す作業が起きています。
この積み重ねが、強い疲労につながることがあります。
作業の切り替えにエネルギーを使う
一つの仕事をしている途中で、別の依頼が入ることがあります。
メールを書いている途中で電話に出る。
資料を作っている途中で質問される。
家事をしている途中で子どもに呼ばれる。
そのたびに、今の作業を止め、別の内容へ注意を移し、終わったあとに元の作業へ戻る必要があります。
この作業の切り替えは、簡単そうに見えても負担になることがあります。
どこまで終わっていたのか。
次に何をする予定だったのか。
何を覚えておく必要があったのか。
それを毎回、思い出さなければなりません。
一日の中で中断が何度も続くと、仕事量は多くなくても頭が疲れ切る場合があります。
忘れないための緊張が続いている
忘れ物や遅刻、提出漏れを経験してきた人は、「また失敗するかもしれない」という不安を抱えていることがあります。
出かける前に何度もかばんを確認する。
予定時間よりかなり早く家を出る。
締め切りが気になり、ほかのことへ集中できない。
確認したはずなのに、不安になってもう一度確認する。
忘れないための工夫は大切です。
しかし、失敗を恐れるあまり常に緊張していると、心も体も休まりません。
実際には忘れていない時間にも、「何か忘れているのではないか」と考え続けてしまうことがあります。
衝動や感情を抑えることにも力を使う
ADHDのある人の中には、思いついた言葉をすぐ話したくなる人や、感情が強く動きやすい人がいます。
会話へ割り込みそうになり、言葉を止める。
腹が立っても、その場で言い返さないよう我慢する。
退屈でも、席を立たずに座り続ける。
別のことを始めたくても、目の前の仕事を続ける。
周囲と同じように振る舞うために、自分の反応を何度も抑えることがあります。
本人が落ち着いて見えるからといって、負担が少ないとは限りません。
外では抑えられていても、家へ帰ったあとに感情があふれたり、何も話したくなくなったりする場合があります。
好きなことへ集中したあとに疲れが出る
ADHDのある人の中には、興味を持ったことへ非常に強く集中する人もいます。
作業を始めると時間を忘れる。
食事や休憩を後回しにする。
疲れていることに気づかないまま続ける。
完成するまで止められない。
このような状態は、「過集中」と呼ばれることがあります。
過集中は正式な診断名ではありませんが、興味のあることへ集中が偏り、切り替えが難しくなる状態を表す言葉として使われます。
集中している間は元気に見えます。
しかし、作業が終わった瞬間に強い疲れが出たり、翌日まで動けなくなったりすることがあります。
好きなことができるから疲れていない、とは限りません。
休憩へ切り替えられないことがある
疲れを減らすには休憩が必要です。
しかし、ADHDのある人の中には、休憩を取ること自体が難しい人もいます。
仕事が終わるまで休んではいけないと思う。
集中が切れるのが怖くて止められない。
休憩に入ると、元の作業へ戻れなくなる。
休憩中にスマートフォンを見続け、頭を休められない。
このようなことがあります。
休憩は、疲れ切ったあとに取るものではありません。
疲労が大きくなる前に、予定として入れることが大切です。
二時間働いて限界になる人に、「疲れたら休んで」と伝えても、休む判断が遅れることがあります。
一時間ごとに通知を鳴らすなど、本人の感覚だけに任せない仕組みが役立ちます。
睡眠が乱れると疲れが残りやすい
夜になっても頭の中で考えが止まらない。
スマートフォンを見ているうちに時間が過ぎる。
寝る準備を後回しにする。
朝の予定が気になり、眠れない。
このような状態が続くと、睡眠時間が不足したり、生活リズムが乱れたりします。
睡眠不足になると、集中、感情の調整、時間管理がさらに難しくなります。
失敗が増える。
不安が強くなる。
さらに眠れなくなる。
こうした悪循環が起こる場合があります。
疲れやすさを改善するには、仕事中の工夫だけでなく、就寝前の行動や生活リズムも見直す必要があります。
人間関係を考え続けて疲れる
職場や学校では、作業だけでなく人間関係にも注意を向ける必要があります。
今話しかけてよいか。
この言い方で失礼ではないか。
相手は怒っていないか。
さっきの発言は間違っていなかったか。
帰宅後も会話を思い返し、何時間も考えてしまう人がいます。
過去に「話を聞いていない」「自分勝手だ」と注意された経験があると、人とのやりとりに強く緊張することがあります。
会話中だけでなく、会話が終わったあとも頭の中で反省が続くため、休んでいるつもりでも心が休まりません。
ASDが併存している場合
ADHDとASDの両方の特性を持つ人もいます。
ASDは、自閉スペクトラム症と呼ばれる発達障害です。
人とのやりとり、予定変更、こだわり、感覚の受け取り方などに特性があります。
ADHDの特性で周囲の刺激へ注意が移りやすく、ASDの特性で音や光、においなどを強く感じる場合、環境から受ける負担がさらに大きくなることがあります。
また、ADHDの特性で予定を立てにくい一方、ASDの特性で予定変更に強い不安を感じる人もいます。
変化へ対応しなければならない。
しかし、変化そのものに大きな負担を感じる。
この両方が重なることで、周囲には分かりにくい疲れが生じることがあります。
学習障害がある場合の疲労
学習障害はLDとも呼ばれます。
読む、書く、計算するなど、特定の学習分野に困難がある発達障害です。
文章を読むのに時間がかかる人は、短い資料でも大きな集中力を使うことがあります。
文字を書くことが苦手な人は、報告書やメールを作るだけで強く疲れる場合があります。
数字の処理が難しい人は、会計や計算のたびに何度も確認しなければならないことがあります。
周囲と同じ量の作業を終えていても、使っている力は同じとは限りません。
読み上げ、音声入力、テンプレート、自動計算などを使うことで、作業に必要な負担を減らせる場合があります。
グレーゾーンでも疲れは起こる
発達障害の診断基準をすべて満たしていなくても、注意の調整や切り替えに負担を感じる人はいます。
いわゆるグレーゾーンです。
グレーゾーンは正式な診断名ではありません。
診断がないため、
「みんな疲れているのだから我慢しなければ」
「自分だけ休むのは甘えだ」
と考える人もいます。
しかし、診断名があるかどうかと、現在の負担の大きさは別の問題です。
疲労が生活に影響しているなら、作業方法、休憩、予定の立て方、周囲への相談を見直してよいのです。
大人のADHDは仕事と生活の両方で疲れる
大人になると、仕事だけでなく、家事、買い物、支払い、通院、家族との予定なども自分で管理する必要があります。
職場で一日中集中し、帰宅後も夕食、洗濯、連絡、翌日の準備が残っています。
仕事で力を使い切ると、自宅では生活を整える力が残らないことがあります。
部屋が片付かない。
食事を用意できない。
入浴を後回しにする。
休日にまとめて家事をしようとして、さらに疲れる。
本人の中では、生活を保つための作業が途切れず続いています。
働けているから生活にも余裕がある、とは限りません。
女性のADHDと見えにくい疲れ
女性のADHDでは、周囲へ合わせる努力や、複数の役割によって疲労が見えにくくなることがあります。
職場ではミスを防ぐために何度も確認する。
相手に不快感を与えないよう、表情や話し方に気をつかう。
帰宅後は家事や育児を担う。
家族の予定や持ち物まで管理する。
自分の困りごとを知られないよう、先回りして準備する。
外からは「しっかりしている人」に見えても、家では動けなくなる場合があります。
周囲に合わせるために本来の反応や困りごとを隠すことは、「マスキング」や「カモフラージュ」と呼ばれることがあります。
できているように見えることと、無理なくできていることは同じではありません。
疲れを減らすには作業を減らすだけでは足りない
疲れている人に対して、「予定を減らせばいい」と言うことがあります。
確かに、仕事量を減らすことが必要な場合もあります。
しかし、同じ仕事量でも、指示が曖昧だったり、中断が多かったりすると疲労は増えます。
疲れを減らすには、作業量だけでなく、作業の進め方も見直す必要があります。
一度に受ける指示を減らす。
優先順位を文章で示す。
中断の少ない時間を作る。
作業を小さな区切りに分ける。
休憩時間を予定へ入れる。
終了した作業を見える形にする。
必要な判断の回数を減らす。
本人の注意力や我慢だけに頼らないことが大切です。
学校でできる支援
子どもが帰宅後に怒ったり、何もできなくなったりすると、家庭では困ることがあります。
学校では問題なく過ごしているため、家族の育て方の問題だと思われることもあります。
しかし、学校で一日中、姿勢、会話、持ち物、提出物、周囲の音などに注意を向け、家で緊張が切れている可能性があります。
学校では、
指示を短く具体的にする。
一度に複数の課題を出しすぎない。
静かに休める場所を用意する。
予定変更を早めに伝える。
書く量や提出方法を調整する。
休憩を本人の希望だけに任せず、予定として設ける。
といった支援が考えられます。
家での様子も含めて、学校と家庭が情報を共有することが大切です。
職場でできる合理的配慮
合理的配慮とは、障害のある人が働きやすくなるよう、環境や方法を個別に調整することです。
疲労を減らす配慮には、
口頭指示を文章でも伝える。
仕事の優先順位を明確にする。
中断の少ない席や時間を検討する。
電話対応と入力作業を同時に求めない。
短い休憩を取りやすくする。
会議の目的と終了時刻を示す。
在宅勤務や時差出勤を検討する。
定期的に業務量を確認する。
といった方法があります。
合理的配慮は、仕事をしなくてよいという意味ではありません。
本人が必要以上に消耗せず、持っている力を安定して発揮するための環境調整です。
家族ができること
家族は、外で動けている本人が家では何もしないことに、不満を感じることがあります。
「職場ではできるのに、家ではなぜできないのか」
と思うかもしれません。
しかし、外で一日分の力を使い切っている場合があります。
まずは、何に疲れているのかを具体的に確認することが大切です。
帰宅後すぐに家事を求めず、休む時間を作る。
家事の担当や頻度を見直す。
言葉で何度も指示せず、予定を共有する。
疲れているときに重要な話し合いをしない。
本人だけでなく、家族も無理をしない分担を考える必要があります。
二次障害によって疲労が強くなることがある
長い間、ミスや遅刻、人間関係を責められてきた人は、失敗しないよう常に緊張している場合があります。
その状態が続くと、不安、気分の落ち込み、不眠、出勤困難、自己肯定感の低下などの二次障害につながることがあります。
二次障害とは、発達障害そのものではなく、強いストレスや理解されない経験が積み重なって起こる心身の不調です。
休んでも疲れが取れない。
好きだったことも楽しめない。
朝になると体が動かない。
眠れない、または眠りすぎる。
このような状態がある場合は、「ADHDだから疲れやすい」で終わらせず、医療機関や相談機関へつながることも大切です。
視覚障害当事者として感じる見えない疲れ
私は視覚障害があり、移動や情報確認をするとき、音声や記憶、周囲への確認を使います。
外から見ると同じ場所へ移動しているだけでも、慣れない環境では多くの情報を整理しなければなりません。
ADHDと視覚障害は異なります。
ただ、周囲からは簡単に見える行動でも、本人は多くの注意や確認を使っているという点には共通する部分があります。
疲れは、目に見える運動量だけでは判断できません。
本人がどの作業にどれだけ力を使っているのかを知ることが大切です。
当事者に伝えたいこと
一日を終えただけで疲れ切ってしまうと、自分を責めたくなると思います。
ほかの人は仕事のあとに買い物や家事をしている。
自分は帰宅すると何もできない。
休日も寝て終わってしまう。
そんな自分を、怠けていると感じるかもしれません。
でも、見えないところで使っている力は、人によって違います。
注意を戻す。
忘れないよう緊張する。
言葉や感情を抑える。
周囲に合わせる。
何度も確認する。
これらを一日中続ければ、疲れるのは不思議なことではありません。
大切なのは、限界まで我慢してから倒れることではありません。
疲れやすい場面を知る。
休憩を予定に入れる。
中断や判断の回数を減らす。
一人で抱えている役割を見直す。
必要な配慮を相談する。
休むことは、働くことや生活することをあきらめる行為ではありません。
長く続けるために必要な行動です。
まとめ
ADHDの人が疲れやすい理由は、単に体力がないからとは限りません。
必要な情報へ注意を向け続ける。
周囲の刺激から注意を戻す。
作業を何度も切り替える。
忘れないよう緊張する。
衝動的な言葉や感情を抑える。
興味のあることへ集中しすぎる。
周囲に合わせて困りごとを隠す。
こうした目に見えない努力が積み重なっている場合があります。
ただし、疲れやすさはADHDだけで起こるものではありません。
睡眠不足、身体的な不調、不安、気分の落ち込み、過労など、別の原因が関係することもあります。
強い疲労が長く続く場合は、自己判断だけで抱え込まないことが大切です。
ASDが併存している場合は、感覚刺激や予定変更、人間関係による負担が重なることがあります。
学習障害がある場合は、読む、書く、計算する作業に多くの力を使っている可能性があります。
グレーゾーンの人も、診断名の有無にかかわらず、休憩や環境調整を利用してよいのです。
大人のADHDでは、仕事だけで力を使い切り、家事や生活管理が難しくなる場合があります。
女性のADHDでは、周囲へ合わせる努力や家族の役割によって、疲れが見えにくくなることがあります。
疲労を減らすためには、本人へ「もっと休んで」と伝えるだけでは不十分です。
中断を減らす。
指示を明確にする。
判断する回数を減らす。
休憩を予定として入れる。
家庭や職場の役割を見直す。
こうした環境調整が必要です。
合理的配慮は、本人を特別扱いするためのものではありません。
必要以上に消耗せず、力を安定して発揮するための仕組みです。
発達障害への理解とは、外から見える活動量だけで疲れを判断しないことです。
本人が何に注意を使い、何を我慢し、どの場面で力を失っているのかを一緒に考えることです。
疲れたときに安心して休み、必要な支援を求められる社会を作ること。
それが、共生社会への一歩になります。
次回は「ADHDと人間関係の悩み」について解説します。
