デジタルデトックスは必要なのか
導入文
「最近、スマホを見すぎている気がする」
そう思いながら、またスマートフォンを手に取る。
SNSを開く。
ニュースを見る。
メッセージを確認する。
動画を見る。
気になることを検索する。
少しだけ見るつもりだったのに、気づけば時間がたっている。
寝る前にもスマートフォンを開き、「今日は早く寝ようと思っていたのに」と後悔する。
そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。
そこで聞くようになった言葉が「デジタルデトックス」です。
一定時間、スマートフォンやSNSなどのデジタル機器から離れ、心や生活を整える取り組みを指す言葉として使われています。
しかし、
「スマホを使わないなんて現実的ではない」
「仕事や学校の連絡がある」
「SNSが大切な居場所になっている」
「障害があるのでスマートフォンが生活に欠かせない」
という人もいるでしょう。
私自身、視覚障害当事者としてiPhoneのVoiceOverを利用しています。
連絡だけではありません。
情報を調べる。
文章を読む。
場所や予定を確認する。
AIを活用する。
SNSで情報発信する。
さまざまな場面でスマートフォンを使います。
私にとってデジタル機器は、単なる娯楽ではなく、生活を支える道具でもあります。
だから、「疲れるならスマホを捨てればいい」とは思いません。
実際、デジタル技術と心の健康の関係は単純ではありません。WHOも、オンラインでのつながりには仲間との交流や支えにつながる良い面がある一方、問題のある利用や過剰な利用には注意が必要だとしています。(世界保健機関)
では、デジタルデトックスは本当に必要なのでしょうか。
この記事では、完全にデジタルを断つことを目指すのではなく、「自分が何に疲れているのかを知り、必要な距離を作る」という視点から考えていきます。
1.デジタルデトックスとは何か
デジタルデトックスという言葉に、医学的に統一された一つの方法があるわけではありません。
一般的には、スマートフォンやSNS、インターネットなどから意識的に距離を置く取り組みを指します。
例えば、
一日SNSを見ない。
休日の午前中はスマートフォンを触らない。
寝る前の一時間はSNSを見ない。
通知を切る。
特定のアプリだけ休む。
旅行中は仕事のチャットを確認しない。
このように方法はさまざまです。
研究でも、一定期間SNSやスマートフォンの利用を減らしたり休止したりする取り組みが検討されていますが、「誰でも完全にデジタルから離れれば必ず心が健康になる」とまで言える単純なものではありません。
近年の研究をまとめた分析では、デジタルデトックスによる幸福感への効果は全体として小さいながらプラスの傾向が示される一方、研究によって方法や結果には違いがあります。(PubMed Central (PMC))
そのため、大切なのは「何日スマホを禁止するか」ではありません。
自分の生活の中で、デジタルとの距離をどう調整するかです。
2.大切なのは「使用時間」だけではない
スマートフォンを一日に何時間使ったか。
SNSを何時間見たか。
こうした数字は分かりやすいものです。
しかし、同じ三時間でも内容は大きく違います。
三時間、仕事に必要な文章を読む。
三時間、友人と楽しく話す。
三時間、不安になる投稿を次々と見る。
三時間、眠いのに動画を見ることをやめられない。
時間だけでは、その影響までは分かりません。
見る内容。
利用する時間帯。
使った後の気持ち。
生活への影響。
こうした部分を見る必要があります。
例えば、一日五時間スマートフォンを使っていても、仕事、移動、読書、連絡など生活に必要な用途が中心で、睡眠や人間関係に問題が起きていない人もいるでしょう。
逆に利用時間が短くても、寝る直前まで人間関係のトラブルを確認し続けていれば、負担は大きいかもしれません。
デジタルデトックスを考えるときは、
「何時間使ったか」
だけではなく、
「使ったことで自分の生活に何が起きているか」
を見ることが重要です。
3.こんな状態なら少し距離を調整してもよい
デジタルデトックスが必要かどうかに、全員共通の基準はありません。
ただ、自分の生活を振り返る目安はあります。
SNSを見た後に毎回落ち込む。
眠いのにスマートフォンを置けない。
勉強や仕事を始めても、何度も通知を確認する。
誰からも連絡が来ていないのに、気になって確認する。
休日にも仕事のチャットから離れられない。
人と会っているのにSNSばかり気になる。
比較して苦しくなると分かっている投稿を見続ける。
推し活が楽しみより義務になっている。
朝起きた瞬間から大量の情報を確認しないと不安になる。
このような状態が続いているのであれば、一度使い方を見直してもよいでしょう。
それは「依存している人だからすること」ではありません。
疲れてきた生活を調整するための方法です。
4.特に見直したいのが寝る前のスマートフォン
デジタル機器との付き合い方を考えるとき、特に意識したい時間があります。
寝る前です。
寝ようと思って布団に入ったのに、
「あと一本だけ動画を見よう」
「最後にSNSだけ確認しよう」
とスマートフォンを触る。
すると別の投稿が気になる。
メッセージが届く。
ニュースを読み始める。
気づけば予定より寝る時間が遅くなる。
スマートフォンの問題は、画面の光だけではありません。
SNSで人間関係について考える。
仕事の連絡を見る。
不安になるニュースを読む。
こうした行動によって、心が活動状態のままになることもあります。
APAは、特に就寝前のテクノロジー利用やSNS利用が睡眠の乱れと関連することを指摘しています。厚生労働省も、健康を保つうえで睡眠時間と睡眠による休養感を確保することの重要性を示しています。(アメリカ心理学会)
だからといって、「午後九時以降スマホ禁止」と全員に同じルールを当てはめる必要はありません。
まずは、
布団に入ったらSNSを見ない。
寝る30分前だけ通知を切る。
充電場所を枕元以外にする。
夜に確認しなくてもよい連絡は翌日にする。
自分のできる範囲から始めてよいのです。
5.「全部やめる」はかえって苦しくなることもある
デジタルデトックスという言葉から、
「一日スマートフォン禁止」
「一週間SNS禁止」
のような強い方法を想像する人もいます。
それが合う人もいるでしょう。
しかし、全員に必要なわけではありません。
特に、SNSが大切な居場所になっている人には注意が必要です。
身近に相談できる人はいないけれど、オンラインには話せる友人がいる。
同じ病気や障害を持つ人とSNSでつながっている。
不登校で学校には行けないけれど、オンラインには安心できる場所がある。
推し活が毎日の楽しみになっている。
こうした人からデジタルを突然すべて取り上げると、心を守っていたつながりまで失うことがあります。
WHOも、オンラインの交流そのものを悪いものとはしておらず、社会的なつながりや仲間との交流という肯定的な面があることを指摘しています。(世界保健機関)
大切なのは、
「SNSをゼロにする」
ではなく、
「苦しくなる使い方を減らす」
ことです。
6.何から距離を置くかを具体的にする
「スマホを減らそう」
だけでは、なかなか続きません。
スマートフォンには多くの役割が入っているからです。
連絡。
仕事。
地図。
音楽。
読書。
決済。
SNS。
動画。
ニュース。
AI。
すべてを同じものとして扱わず、自分を疲れさせている部分を探します。
例えば、
SNSの比較が苦しいなら、特定のアカウントをミュートする。
ニュースを見ると不安になるなら、確認する時間を朝と夕方だけにする。
仕事の通知が休みを奪っているなら、勤務時間外は通知を切る。
短い動画を延々と見てしまうなら、そのアプリだけ利用時間を調整する。
友人とのメッセージは大切なら、そのまま残す。
これなら、必要なデジタルまで捨てなくて済みます。
デジタルデトックスは「全部かゼロか」ではありません。
自分に必要なものと、疲れにつながっているものを分ける作業でもあります。
7.「スマホを触らない時間」に何をするかも大切
スマートフォンを使わないと決めても、代わりに何をするかが決まっていなければ、手持ち無沙汰になります。
すると、結局またスマートフォンを開いてしまいます。
そこで、
散歩する。
料理する。
音楽だけを楽しむ。
家族と話す。
お風呂にゆっくり入る。
本を読む。
盲導犬やペットと過ごす。
眠る。
何もしない。
このような時間を作ります。
重要なのは、デジタルから離れた時間まで「有意義に使わなければ」と考えすぎないことです。
タイパを意識して、
「一時間SNSをやめたから、その間に勉強しなければ」
と考えると、新しい負担になります。
何もしない時間があっても構いません。
デジタルデトックスは、さらに成果を出すためだけの方法ではありません。
情報や反応から心を休ませるための時間でもあります。
8.障害のある人には「デジタルを減らす」が簡単ではない
障害のある人にデジタルデトックスを勧める場合には、特に注意が必要です。
例えば、私の場合は視覚障害があり、iPhoneのVoiceOverを生活のさまざまな場面で利用しています。
文章を読む。
連絡する。
情報を検索する。
予定を確認する。
AIを使う。
デジタル機器がアクセシビリティを支える道具になっています。
ほかにも、外出が難しい人がオンラインで人と交流していることがあります。
対面でのコミュニケーションが負担になる人にとって、文字でのやり取りが重要な場合もあります。
病気や障害に関する情報をインターネットから得ている人もいます。
こうした人に、
「スマートフォンを触らない方が健康的」
と一律に言うことは適切ではありません。
その人にとってデジタルが何を支えているのかを見る必要があります。
生活に必要な機能は残す。
娯楽だけ時間を減らす。
通知だけ調整する。
SNSの一部だけ休む。
人によってデトックスの方法は違ってよいのです。
9.保護者が子どものスマホを取り上げれば解決するのか
子どもが長時間スマートフォンを使っていると、保護者は心配になります。
勉強しなくなるのではないか。
眠れなくなるのではないか。
SNSでトラブルになっていないか。
心配するのは自然なことです。
しかし、突然スマートフォンを取り上げるだけでは、本当の問題が見えなくなる場合があります。
なぜ長時間使っているのか。
学校に居場所がなく、オンラインで安心しているのか。
友人との関係がSNS上にあるのか。
何か不安があり、検索をやめられないのか。
眠れないから動画を見ているのか。
理由によって対応は異なります。
「何時間使ったか」だけを責めるのではなく、
「使った後、疲れていない?」
「夜は眠れている?」
「SNSで嫌なことは起きていない?」
と聞くことが大切です。
本人と一緒に、通知を切る時間や、寝る前の使い方を決める方法もあります。
管理だけではなく、自分で距離を調整する力を身につけることが長期的には重要です。
10.学校や企業にも「つながらなくていい時間」が必要
デジタルデトックスを個人だけの努力にすると、限界があります。
本人が通知を切りたくても、学校の重要な連絡が夜に届く。
仕事を忘れたくても、休日に業務チャットが動く。
すぐ返信する人ほど評価される空気がある。
これでは、自分だけ距離を取ることは難しくなります。
学校や企業にも、
緊急でない連絡を夜遅く送らない。
勤務時間外の返信を当然にしない。
休日のチャット確認を求めない。
すぐに返信できなくても不利益にならない。
そうした環境づくりが必要です。
「疲れたらスマホを見なければいい」と本人へ任せるだけではなく、見なくても困らない仕組みを作ることが大切です。
デジタル社会の生きづらさは、個人の自己管理だけで解決する問題ではありません。
11.まずは小さなデジタルデトックスからでいい
いきなり一日スマートフォンを使わない生活を目指す必要はありません。
例えば、
食事中の20分だけスマートフォンを置く。
寝る30分前からSNSを見ない。
朝起きて最初の15分は通知を確認しない。
散歩中はSNSを見ない。
休日の午前中だけ仕事のチャットを開かない。
一つのSNSだけ一日休む。
これだけでも構いません。
実際にやってみて、
少し気持ちが楽になった。
眠りやすかった。
意外と困らなかった。
逆に不安が強くなった。
必要な連絡まで見逃して困った。
そうした自分の反応を確認します。
合わなければ方法を変えればよいのです。
デジタルデトックスは、自分を試す我慢大会ではありません。
自分に合った距離を探す実験くらいに考えてよいでしょう。
12.デジタルと上手に共存できる社会へ
現代社会で、デジタルを完全に避けて生活することは簡単ではありません。
仕事。
教育。
行政手続き。
買い物。
コミュニケーション。
福祉。
さまざまな場所でデジタル化が進んでいます。
だからこそ、これから必要なのは「デジタルを使わない人」になることではありません。
必要なときには使い、疲れたときには離れられることです。
誰かはSNSを毎日使っても疲れないかもしれません。
誰かは一時間でも強く疲れるかもしれません。
仕事上、長時間オンラインになる人もいます。
障害のある人には、デジタル機器が社会参加のために欠かせない場合もあります。
同じルールを全員へ当てはめる必要はありません。
共生社会とは、デジタルとの付き合い方についても、一人ひとりの事情を認められる社会です。
「いつでもオンラインにいること」
「すぐ返信できること」
を当然にしない。
そして、
「今は見ません」
「今日は返信できません」
と言っても、人間関係や評価を失わない。
その安心が必要です。
まとめ
デジタルデトックスは必要なのでしょうか。
答えは、「すべての人がスマートフォンやSNSを完全に断つ必要はない。しかし、疲れているなら距離を調整することには意味がある」です。
デジタル機器やSNSには、多くの良い面があります。
人とつながれる。
情報を得られる。
学べる。
働ける。
趣味を楽しめる。
孤独をやわらげられる。
障害のある人にとっては、生活や社会参加そのものを支える道具になる場合もあります。
一方で、
寝る直前までSNSを見る。
通知が気になって休めない。
比較して苦しくなる。
仕事のチャットから離れられない。
動画を見続けてしまう。
必要以上の情報で不安になる。
このように生活へ負担が出ているなら、少し距離を調整してよいのです。
全部やめなくてもいい。
通知だけ切ってもいい。
寝る前だけ休んでもいい。
苦しくなるアカウントをミュートしてもいい。
休日だけ仕事の連絡を見なくてもいい。
大切なのは、「デジタルを使っている自分はだめだ」と責めることではありません。
自分にとって、何が便利で、何が疲れにつながっているのかを知ることです。
そして、疲れたときに離れられる選択肢を持つことです。
他人が一日SNSをやめられたからといって、自分も同じようにする必要はありません。
生活環境も、仕事も、障害の有無も、人とのつながり方も違います。
自分に合った距離で構いません。
デジタルデトックスとは、デジタルを敵にすることではありません。
むしろ、これからもデジタルと付き合っていくために、ときどき自分の生活へ主導権を取り戻すことなのだと思います。
スマートフォンを開くのも自分。
今日は閉じておくと決めるのも自分。
つながる時間と、つながらない時間の両方を自分で選べること。
その選択を周囲から尊重してもらえること。
それが、デジタル社会の中でも無理をしすぎず、自分らしく生きていくための大切な土台になります。
次回は、身体障害シリーズの基礎知識編(身体障害の等級はどう決まるのか)について解説します。
