春が透けて見えるレースのカーテンみたいな光を浴びて愛について考えながらドグラ・マグラを読みまぶしいこどもたちを迎えるなんとなくちぐはぐな日々と読書記録
最近、春の匂いがたつようになってきたと思いませんか。
しめりけをおびる風の柔らかさにも、綻ぶ花の懸命さにも、やわらかい桃色に染まる空にも、ぜんぶ春の匂いが流れているような気がする。そしてそれは、香り、というより、匂い、と言った方がなんだかしっくりくるような気もする。そのくせ風はまだ冷たい日もあって、なんだかちぐはぐ。
最近、といってももう数週間前だけれど、千早茜さんの「透明な夜の香り」を読みました。透明な夜の香り。もうタイトルからしてこんなの、好き。「透明な、夜の香り」なのか、「透明な夜の、香り」なのかは分からないけれど。
私は夜は透明だと思ったことはあまりなくて、どちらかというとベタ塗りのアクリル絵の具みたいだ、と思う。どちらかというと朝の方が淡い水彩画みたいに透明で、画用紙の白と空の青はどこか似ている。
恋愛とか友愛とか、それ以外にもあるたくさんの愛とか、そんなものを定義するのはほんとうに難しいと思う。そもそも定義することは本当に必要なことなのかな。いろんな形をとって示される愛は、ときには自分本位なものなのかもしれない。けれど、好きだから好き、ではだめなものでしょうか。執着したってされたって、依存したってされたって、お互いが嫌じゃないならそれでいいじゃないかとも思ってしまうのが常なのだけれど。
もし誰にも迷惑かけてないんだったら、いいじゃない。だめかな。
それともそういう愛の形は、ひとつの例外もなく必ず誰かを傷つけたり誰かに迷惑をかけたりしてしまう、ということなのでしょうか。
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いまは、ドグラ・マグラをひたすらに読み進めています。大学が医学系だったこともあり頻出する用語に何となく慣れているからなのか、噂に聞くほど精神が錯乱してはいないつもりです。むしろちょっと言ってること分かるなとか思ったりしているから、既に錯乱済みの可能性すらある。すごく長いので読むこと自体がとても大変なのだけれど、たぶんここが山だろうな、というところをちょっと下り始めて、おもしろくなってきたところなのでわくわくしています。
ちなみに、本を読むときだけは絶対にネタバレを踏みたくないので、細心の注意をはらいながら読んでいます。ついうっかり検索なんてしないように。ついうっかりショート動画なんて開かないように。指先に戒めの念を込めて画面をスクロールしています。そもそも見るのやめたらいいんだよな、というのは重々承知しています、もちろん。
もっとちなみに、読書記録はブクログでもつけています。ぜひいろんな人とつながって、いろんな本を知りたいです📖
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仕事では、新年度を迎えてたいへんバタバタしています。4月に入ると、職場の子供たちがとてもまぶしく見えるのは毎年のこと。ピカピカの新米小学生がニカニカ帰ってきたと思えば、ヨレヨレの新米中学生が大きい制服を引きずってずるずる帰ってきて、その後はなぜか一皮むけた顔をした新米高校生がひょっこり帰ってきて。そんな、どこかちぐはぐな姿が、とてもまぶしくて仕方ないのです。
そういえば、ピカピカの1年生ならキラキラの2年生にしよう。じゃあ他の学年はどうする?という話もしました。
ぬらぬらの3年生とか、ねちょねちょの4年生とか、バキバキの5年生とか、ふざけたこと言ってたらダメ出しされてしまった。
最終的に、カンペキ3年生☆が第一候補になりました。3年生のみんなには、カンペキ3年生☆をめざしてがんばってほしい。
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記録代わりになにかを書こうと思ったけれど、特筆して書き記すべきようなことも思い当たらず、でもなんとなく何か書きたい気分だったので書きました。気まぐれに適当にできた方がなんだか気持ちいいし、いいかなと思って。
そんな私も、なんだかちぐはぐです。
