盛岡文士劇の思い出①稽古以前
小さいころから人と話すことが苦手でした。苦手どころか、「無理」。マジで無理。できない。言葉の組み立て方も、声の出し方すらわからず、教室ではずっと一人で本ばかり読んでいました。
そんな私が、なぜか劇でブチ切れ役をやった話。
私が育った岩手県盛岡市には、「盛岡文士劇」という文化があります。文士劇とは、一般にはあまり馴染みのない単語かもしれません。作家や記者などのいわゆる「文士」が舞台に立つ演劇のことで、1890年に尾崎紅葉らが打ち立て、以来昭和時代まで流行したそうです。
その流れを汲んで、盛岡市でも地元作家やアナウンサーを中心に現代物・口上(ご挨拶)・時代物の三部構成という形で毎年12月に公演が行われ、2025年で30回目になりました(2026年からは一本化されるそう)。
とはいえ、私は文士劇を2023年まで観たことはありませんでした。演劇をやっている友人は何人かいるので、観劇自体は何度も経験があるのですが、文士劇はチケットが取れないという噂だし、仕事や家庭の忙しなさにも紛れ幾星霜。
一方、私は地元の創作関係の集まりに昔から顔を出していました。そこで会ったのが、文士劇に長く深く関わっている某氏です。
こんなヘッポコ三文小説家でも一応「盛岡の文士」にカウントしてくれたらしく、実は何年か前、一度某氏を通して文士劇に出ないかと誘われました。ただ、そのときはまさか人前でろくに話せない自分が! と思いましたし、赤ん坊が生まれたばかりだったのでお断りしてしまいました。
ただ、某氏はぜんぜん諦めてくれず(笑)。文士劇みにこない? と誘われたりして徐々に外堀が埋まっていき、気づけば「次回(2025)は30回記念で人が足りないんだ」と言われ、首を縦に振っていたのが2025年の春。
私の中でも、そこに至るまでには数々の葛藤がありました。
まず、喋りが無理です。無理すぎて文字ばかり書いているのです。中学まで数少ない友人には筆談でした(あのころのみなさんありがとう)。
さすがに就職して社会の波に揉まれるうちに、一見人並み程度には話せるようになりました。2020年にはこれまた某氏に誘われ、コロナ禍で中止になった文士劇に代わって行われた「もりおか版文士朗読劇」で自作を読んだこともあり、ぜんっぜん無理! という思いは薄れはじめていて……。
ただ、あれはお客さんが数十人で小規模だったし、大勢の前で話すというのは未知の領域でした。よく自分でも意味不明なこと口走っちゃうしなあ。ってこれは別な問題か?
(実はYouTubeにあります↑)
でも、年を取ってきてある意味細かいことがどうでもよくなってきたのも事実で、「まあ、一度やってみてもいいか?」と4か月くらいかけて自己暗示をかけ続け、お返事しました。
次なる問題は、家に幼子がいっぱいいるので、平日夜という稽古中の子守問題でしたが、家族親族に最大限世話になることに。
そして某氏に会ったときに受諾したのですが、「あなたに合う役を考えている」と不敵に笑われ……。
春が終わり、脚本が送られてきたのが夏。
内々に聞いてはいましたが、私が出る時代物の演目は――
『犬神家の一族』(原作・横溝正史)
キター!
純粋に嬉しい。テンションが上がる。
もともとぬるい文学オタではあるのですが、中でも好きなのが推理小説。(最近は「隠れミステリオタク」と公言している……って隠れてないよ)
昔の雰囲気も大好きで時代小説を書いているくらいなので、金田一ものは大好物!
そして私の役はと見れば、
「青沼菊乃」
犬神家のドン、犬神佐兵衛がかつて愛し、佐兵衛の息子・青沼静馬を生んだ女性。
原作&映画では、〇〇〇〇(ネタバレ防止)として生き延びているのですが、今回はすでに死んでいるという設定。
この人が、かつて犬神家の三姉妹に暴力をふるわれ、回想の中で恨みをぶちまけたというシーンがあります。
私が「喋りと台詞覚えにたいそう自信がない」と某氏に訴えたおかげで、台詞はここの1ヶ所のみ。ただそれがけっこう長く、「おまえたちは、なんという血も涙もない人間だろう」と延々と恨み言をぶつけ、最後に「いつか必ず、息子の静馬が、おまえたちに恨みを晴らさずにはおくまいぞー!」で終わるという。
怖い。
でも、楽しそう。
私は当然可愛かったりハツラツとした女性役なんて無理なので、どうせならロックンロールに振り切りたいなと思っていたのです。
めちゃくちゃいいじゃん。
脚本を読んでわくわくし、頭を完全に切り替えていました(単純なのです)。
とりあえずキレまくり台詞を紙に書きだして家中に貼り、一人レコーディングで脚本をスマホに録音し、皿洗いの時間に聞く日々。
ちなみに、ふだんから小説のネタや草稿の書きなぐりメモが家に散乱しているので、家族は「またなんかやってるよ」と総スルー。
ただ、洗濯機の修理業者さんをこれが貼られた洗面所に招いてしまったときはさすがにもう終わったと思いました。隙を見て全力で剥がした(②へ続く)。
