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夜行バス 富山駅行き

長期休暇をもらえる時期になった。
具体的な日付は数ヶ月前に決まっていたのに、予定は何一つ決まっていなかった。
年末年始に帰省はしたし、特別報告するような土産話もない。
近頃は仕事のあれこれで憔悴しきっていて、家でゆっくりするのも悪くないかと思っていた。

サウナ好きの上司が見かねて、良さそうなサウナスポットをいくつかChatGPTで探してくれた。上司ご夫妻はその中の定山渓のサウナ巡りに惹かれ、気づけば北海道旅行の計画を立てていた。

休暇をいただきながら土産話の一つもないというのは、オフィスではなんとなく居心地が悪い。
長期休暇前の最後の週末、何も決まらないままベランダでイヤホンをつけNetflixを観ていた。
杉咲花ちゃん主演のドラマで、理解できるようなできないようなストーリーだった。
ドラマの進み方や雰囲気は好みなのに、登場人物の台詞が掴みきれない。
急に突き放されるような感覚がある。
私が勝手にそう感じているだけかもしれない。

主人公に共感できないからといって、私が世の中に共感される人生を送っているかと言われれば、そんなこともない。
むしろ別のベクトルで主軸から逸れているのかもしれない。
結局はありふれた人生なのかもしれないのに、どこか置いていかれているような感覚はなんなのだろう。

主人公の帰省シーンで映った富山の街並みがやけに綺麗だった。
普通の街並みに山々が重なっている。
情景は美しく、どこかノスタルジーを帯びていた。
私はなんだかんだ、今、故郷に帰りたいのかもしれない。
もくもくと考えても仕方のないことばかり浮かんでいたが、ついに富山旅行を具体的に考え始めた。

夜行バスに乗る日、職場の慰労会があった。社内行事で役割のあった社員十数名が参加している。
専務が労いを込めて開催してくださったものだ。
焼肉だった。
そして席はあらかじめ決まっており、私は専務の隣だった。

焼肉は困る。
そもそも食事会は得意でないし、とりわけ焼肉は困る。
私は食にあまり頓着がない。
というより、冒険心がない。
家で食べる温かいご飯がいちばん美味しいと思っている。
部位にも詳しくないし、焼き加減の好みを考えているうちに脳内がショートしそうになる。

専務は脂の多いものは食べられないと言っていた。もう流石に脂身は厳しいとおっしゃっていて、私は半分焦げかけた野菜を、どうぞ、と慎重にお渡しした。専務はそのたびにお礼を言ってくださる。順番にいいお肉を焼いていったが、それらは見るからに脂がのっていた。専務のお皿に乗せていいものか迷っていると、同じ卓の社員が見かねて「専務へ」と声をかけてくれた。

会では専務や皆さんの海外旅行の話、それぞれの趣味、社内行事の振り返りなどを話した。同じ卓に仕切ってくれる人がいて助かった。
緊張はしていたが、会そのものは楽しかった。人の話を聞いている時間は嫌いではない。むしろ好きだ。このまま溶けて聞き役に徹したい。

「自分ばかり話してごめんね」と言われると、少しどきっとする。
「聞き上手ですね」というのは必ずしも褒め言葉とは限らない。社会人は自分から話題を振ることも求められる。それを難しいと言ってしまったら、社会人のくせに甘えるなと、どこかの誰かに叱られそうな気もする。

長期休暇の行き先を聞かれ、富山と答えた。
つい夜行バスで行くと漏らしてしまい、絶妙な空気になった。
新幹線で行けるくらいには十分なお給料をいただいているのに申し訳ない。
ただ、今回の一人旅は夜行バスの気分だった。

そういえば以前、部の上司に宿泊先を聞かれ、カプセルホテルと口を滑らせたときも似た空気になった。
皆さん少し引きつつも、普通に心配してくださっているのだと思うと、少し申し訳ない気持ちになる。
結局、カプセルホテルではなくホテルを取った。

会も終わり、新宿へ向かう。バスタ新宿の待合室は居心地がいい。雑然としているのに、どこか静かだ。歯を磨き、身支度を整え、立ったままできるストレッチをする。
バスは4列シートで、私は通路側だった。窓側の人の荷物を一緒に上の棚に載せ、あとは眠りについた。

休憩でパーキングエリアに立ち寄るたびにバスを降りる。トイレを済ませ、何も買わずにふらふらと歩き、出発の五分前には席に戻る。そしてまた目を閉じる。


夜明け前の富山駅は、静かで空気が澄んでいた。



駅前には夜行バスを降りた人たちしかいなかった。目的の電車へ向かって歩くうちに、一人、また一人といなくなる。電鉄富山駅に着いたとき、ちょうど電車が発車したようだった。それが六時台最後の便だったらしい。次は七時過ぎ。三十分ほど待つことになった。
待合室の自販機でカフェオレを買う。指先も身体のなかもじんわりとあたたまった。



待合室には地元の人らしき人が数人、間を空けて座っていた。ふと視線が合ったような気がして、すぐに逸らす。私はまだ観光客の顔をしているのだろう。それでも、ゆっくり流れる朝の時間の中に身を置いているうちに、少しずつこの街に馴染んでいくような感覚があった。

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