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【乳がん闘病コミックエッセイ】ep20: 治療しながら働くということ②


第20話

CHOCO'S column

伸ばされた手を取る勇気

スタジオをなんとか無事に終えることができたのは、ひとえに友人たちの支えがあったからです。

これまで私は、本当にたくさんの友人に助けられてきました。
治療のためにスタジオを辞めるかどうか迷っていたとき、背中を押してくれた前オーナーのAさん。
治療方針が決まり、心が不安定でパニックに陥っていた時期に、優しく寄り添って支えてくれたS子。

そして、夢だったスタジオを最後までやり遂げるために一緒に働いてくれたのが、友人のMさんです。

漫画ではメインで描くことが叶いませんでしたが、1ページ目の2コマ目と3コマ目に、ちらっと登場しています。
彼女がいなければ、スタジオを最後まで続けることは不可能だったと思います。

私がスタジオの予約停止を案内したとき、一番に連絡をくれたのがMさんでした。

実はMさんには、義妹さんをがんで亡くされた経験があります。
亡くなられた当時、義妹さんはまだ20代で、病名は脳腫瘍でした。
頻繁に頭痛があって病院には通っていたそうですが、片頭痛と診断され、鎮痛剤を飲みながら生活を続けていたそうです。
けれどある日、突然けいれんを起こして倒れ、救急搬送。その後、わずか9ヶ月で旅立たれたとのことでした。

このお話は、以前Mさんご本人からも伺っており、私と同世代だったこともあって、聞いた当時はとても衝撃を受けました。
正直なところ、若輩者だった私には、かける言葉も見つかりませんでした

スタジオの運営が一人では厳しくなったとき、Mさんに相談すると、彼女はこう言ってくれました。

「店番でもアシスタントでもなんでもするから、最後まで頑張ろう」

とても力強い言葉でした。

とはいえ、店番やアシスタントをお願いするには、彼女自身の生活やお仕事もあります。
そのありがたい言葉にすがりたい気持ちはあっても、簡単に頼めることではありません。

それでもMさん、そしてMさんのご主人もこう言ってくださいました。
「できることがあるのに、後悔はしたくない」と。

義妹さんは、発症からわずか9ヶ月で亡くなられました。
脳腫瘍が見つかった時には、すでに広範囲にがんが広がっていたそうです。
なんとか手術で腫瘍部分を摘出することができたそうですが、完全には取り切れず、また脳の半分を失ったので手術後は会話もままならない状態に…

当時、Mさんがこぼしていた「何かしてあげられたかもしれないけれど、あまりにも突然すぎて何もできなかった」という後悔の言葉を、私はずっと覚えていました。

その言葉に背中を押されるようにして、私は甘えることに決めたのです。

Mさんがご自身の仕事を調整してスタジオに入ってくれたおかげで、検査や抗がん剤の副作用で動けない日があっても休まずに営業を続けることができました。

夢だったスタジオを閉める最後の日。
身体は思うように動かず不安でいっぱいでしたが、夫がスタジオまで送迎してくれて、Mさんが準備を整えてくれました。

撮影の際も、Mさんが最後までアシスタントとして動いてくれたおかげで、無事に最後までやりきることができました。

治療のためとはいえ、スタジオを閉める決断には大きな迷いがありました。でも、もしあのとき仕事に穴をあけていたら、今振り返っても後悔しか残らなかったと思います。

Mさん、そしてご主人。
お二人のおかげで最後まで走り切ることができました。本当に心の底から感謝しています。

また、つらい記憶を含む出来事にも関わらず、今回のコラムに書かせていただく許可をくださったことにも、あらためて感謝申し上げます。
Mさんは「いろんな人に知ってもらいたい」と言ってくれました。その気持ちを受け取って、今回このように綴らせていただきました。

繰り返し発信していますが、がんはとても身近な病気です。
いつ、誰がなってもおかしくない時代になっています。だからこそ、早期発見・早期治療が何よりも大切です。
これは他人事ではなく、自分自身はもちろん、身近な大切な人が大病を患ったときに――
一人でも多くの人が後悔のない選択ができるように、そんな願いを込めてこのコラムを書きました。

【CHOCO/ちょこ】
Instagram:https://www.instagram.com/choco_phototime/

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