読書記録:『1984年』|ジョージ・オーウェル

『戦争と平和』、『罪と罰』、『失われた時を求めて』、『ユリシーズ』、『ホビット』……etc
これらの作品の共通項といえば——そうですね、「読んだふりすることが多い本」です。心当たりがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本作『1984年』もそれら一群を代表する作品として有名かと思われます。
では、なぜこれら作品は「読んだふり」をされるのでしょうか——。
それは思うに、やたらと”擦られる”からです。
つまり、様々な場面で引用されることが多い。であるが為に「知ってないと恥ずかしい」からの「読んだことにしておこう」という、流れになってるのではないでしょうか。
かくいう私自身、今回で二度目ですが、読み直そうと思ったきっかけもまた「1984ネタ」が新聞に載っていたからに他なりません。
舞台は一党独裁の政治体制のもと、超監視社会と化した1984年のロンドン。
一挙手一投足を監視され、隣人に密告されるかもしれない恐怖と常に隣り合わせの日々を送る、主人公ウィンストン・スミス。
体制に不満を抱きながらも忠実な党員の仮面をかぶり、毎日を過ごす彼にはある心配ごとが——それはしばしば職場付近ですれちがう、一回りも歳下の若い娘。
心奥まで見透かすような彼女の一瞥はウィンストンを震え上がらせた。
しかし、そんなある日のこと、ウィンストンは彼女から手紙を手渡される。そこにはたった一言こう書いてあった——<あなたが好きです。>
以上があらすじですが、正直なところ前半部分はあまり重要ではないです。
ウィンストンもそれまで彼女を密告者かと疑い、「コイツ殺したろ」とさえ考えてたのに、「好き」と言われて童貞みたいに舞い上がって正直めちゃめちゃキモイ。
手紙の彼女もどんどんアホの子になっていきます。例えるなら、桂三度の「3の倍数と3のつく数字のときだけアホになる」のネタみたいに、後半になるほどアホっぽい描写が増えるんですよね。
ですから、前半は正直どうでもいいんです。
固有名詞と大まかなストーリーのラインさえ追っていれば。
重要なのは、後半からの党のスローガンの解説やネタばらしに関するパート。
ここが、やたら新聞や様々な媒体等々で”擦られ”続け、結果的に「読んだふり」をする人が多く生まれる要因なんです。
そこでは、テーマの一つでもある自由主義について。それと民主主義とのバランス。
本作を語る上で欠かせない「二重思考(Doublethink)」の概念。
ファシズムを求める民衆心理や、以前読んだ時は一笑に付したが今では笑えない反知性主義等々。
これらの今まさに社会的な課題や問題となっているもの、考えなければならないものが、1949年に出版された本作で取り上げられているわけです。
もちろん、新訳版である本書の解説でトマス・ピンチョンが指摘しているように、差別や憎悪という”抜け”はあるんです。
そこでも指摘されていますが、1945年以降の歴史を決定づけたこの二つの要素は今なお続く、人類の大きな課題ですよね。
そういった点からも比較的長めの解説ですが、是非読んでもらいたいなと思います。
以上のように前半は落語の枕みたいなもので、そこまで重要ではないです。
反面、後半は未だに様々な場面で”擦られて”います。
本作を読んだことがないのに「読んだふりをしている」そこのあなた。これを機会に読んでみてはいかがでしょうか。
