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読書記録:『そして』|谷川俊太郎(著)  下田晶克(絵)


画像出典:Amazon(『そして』谷川俊太郎 (著) 下田 昌克 (イラスト)/銀の鈴社)

棚を整理していた際、ふと目に留まった本書。
家族の誰が買ったのか、もしくは貰ったのか——少なくとも私の本でない。
ただ、本を処分することはなるたけしたくない。

そういう事情もあり「虞や虞や汝に如何せん」と思案しながら、しょうことなしにパラパラとページをめくってみると……。


そもそも私自身、詩を敬遠してしまうきらいがあり、なんでなんやろなと常々思っています。
というのも、両親、妹ともに詩が好きなんですよね。だから、手の届く範囲に本書があるわけで。
となると、環境の所為ではないですよね。むしろ、好きになっていてもおかしくない。

ということを、つらつらと考えながら前書きを読んでいますと——教科書に載ってる詩は「勉強」して理解しなければならないのかもしれない。しかし、詩集に載っている詩は「勉強」しなくていい。理解できなくても味わって楽しめばいい——これだ!これです。谷川俊太郎、「詩に苦手意識をもつ子がおるやろな」と見抜き、その子ら向けにアドバイスしてくれている。

さらに、こう続きます。「分からない、ピンとこない詩はおいといて、もっかい読みたくなる詩を見つけろ」と。


こうなると話は早い。雑念を捨てて、ひたすら読み進めます。
すると、年取ったのか苦手意識が薄れたのか、色んな発見があり面白い。
例えば平仮名だけの詩は不思議と読みやすく、柔らかい。子どもが書く、平仮名だらけの文章は読む度に辟易するのに。
カタカナだけの詩は「読む際のテンポやリズムが予め計算されてるんだな」と実感できて、これまた面白い。

ところが、「面白い面白い」と思っていたら、自分にぶっ刺さる詩もあり、哲学的で妙に考えさせられる詩もありで、意外と気が抜けない。
一方で、<おしゃべりが途切れたとき 黙っていても平気な友だちがほしい>みたいな、10代の頃の自分を彷彿とさせる詩があり、「いやいや逆、逆、お互い黙っていても気詰まりしない関係性が友だちや!」とツッコんでみたり……。


そんなこんなで、70頁ぐらいしかない本書、気づけば1時間ほど読み耽っていました。

前書きで谷川俊太郎が言っていた「もっかい読みたくなる詩を見つけろ」

たしかに、学校で学ぶ「詩」って国語力や教養という点では凄く大事だし、やっぱり勉強しておかないといけないと思います。
ただ、それらが好きになるか、「もっかい読みたくなる詩」かどうかは別ですよね。感性は強制できないですから。

だから、本書をとおして実感したのは色々な詩を読まないと「自分にとって勿体ない」ということ。
やっぱり、本でも詩でも様々なものをたくさん読まないといけない。そういう基本に立ち返れた良い本でした。


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