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同じ道を行く人

町外れに、小さな郵便局がある。
バイトをしていたとき、
そこで40年以上、自転車に乗り続けている配達員がいた。
私はその人のことを、少しだけ不思議に思っていた。
毎朝7時10分になると、同じように空気を入れ、
同じように荷台のひもを引き、同じように自転車のベルを1度だけ鳴らす。
 
ベルに意味があるのか尋ねたことがある。
「別にないよ。」
そう言って笑った。
 
「鳴らさないと、自転車が『今日は休みか!?』と思うかもしれないからな。」
冗談なのか本気なのか、最後まで分からなかった。
 
その人は昔から道を変えたことがなかったらしい。
近道はいくらでもある。
信号の少ない裏道もある。
それでも毎日、同じ坂を上り、同じ橋を渡った。
 
ある日、思い切って聞いてみた。
「毎日同じルートで飽きてきたりしないのですか。」
その人は少し考え、それから首を横に振った。
「実はね、毎日同じようで同じではないんだよ。」
そう言って、一軒の古い家を見た。
庭には、梅の木が1本あった。
 
ある日は、玄関先で待っていたおばあさんが、いつもよりゆっくり歩いてきた。
次の日は、小学生が新しいランドセルを背に登校していた。
その次の日は、庭先の猫が子猫を連れていた。
同じ道なのに、昨日とまったく同じ日は一度もない。
 
私はその言葉を、どこか大げさだなと思っていた。
 
ところが、その人が定年を迎える前の日、一緒に最後の配達へ出る機会があった。
 
坂道の途中で、その人は急に自転車を止めた。
「ここなんだ。」
指さした先には、何もない。
ただの坂だった。
「20年前、この坂ですてんと転んだんだよ。」
笑いながら言う。
「手紙を全部ばらまいてしまってな。犬まで拾うのを手伝ってくれた。」
私は吹き出した。犬は字が読めないだろう。
「読めなくても、くわえて運んでくれたんだよ。」
その人は本当に嬉しそうだった。
 
少し先に行くと、電柱を見上げた。
「あそこには毎年つばめが来る。」
 
橋の上では立ち止まり、
「雨の日は川の色が変わるしね。」
 
空き地を見て、
「ここは昔、駄菓子屋だったんだけどね。」
そう言った。
 
私はようやく気づいた。
その人は同じ道を走っていたのではなかった。
40年という時間を、一歩ずつ積み重ねて歩いていたのだ。
 
毎日違う道を探していたのは、私のほうだった。
だから昨日を忘れ、今日にも迷っていた。
 
新しい景色ばかり欲しがる人は、目の前の季節を見落とす。
昨日と同じ場所へ行く人だけが、小さな変化を見つけられる。
梅の実がふくらむことも。
子どもの背が伸びることも。
誰かの玄関に杖が1本増えたことも。
繰り返しとは、同じ1日を生きることではない。
同じ場所で、違う命に出会い続けることなのだ。
 
郵便局に戻ると、その人は荷台を軽く叩いた。
「明日からは、お前も休みだな。」
もちろん、自転車は何も答えない。
けれど夕日に照らされた荷台は、長い仕事を終えた職人の背中のように見えた。
 
私はその日以来、それほど急がなくなった。
昨日と同じ道を歩くことを、少しも退屈だと思わなくなった。
人は前へ進むために、遠くへ行く必要はない。
昨日と同じ道を、昨日より深く歩けたなら、それだけで人生は静かに前へ進んでいるのだと思う。



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