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モストマスキュラー!15「地区大会」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】


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『綾羽、十月の第二日曜日が地区大会なんだ。できればバイトって休めない?』

 秀ちゃんからのメッセージが来たのは、丁度シフトの提出日だった。慌てて提出しようとしていたシフト表、十月の第二日曜に大きな赤いバツをつけた。

 その瞬間、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
 とうとう始まるんだ、という緊張感と、そしてこれまでの彼らの努力──毎日見た、地道な筋トレ。BCAAのあの苦い味。食事制限に苦しむ彼らの顔──それがどこまで通用するのか。まるで自分が出場するわけでもないのに、なぜか私の心臓は期待に高鳴っていた。



 大会当日の朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
 青空が広がる絶好のドライブ日和。

 大会組は早朝の電車で会場入りしているので、車で応援に行くというタカシくんが「じゃあアヤハちゃん俺の車乗りなよ」と近所のコンビニで待ち合わせて、会場になっている神宮じんぐう大学へ向かった。

「道! 道違うよタカシくん! この高速の出口、違うって言ってるでしょ!?」
「え!? マジ!? 失敗した!」

 ナビがけたたましく「ルートを再検索します」と告げているにも関わらず、タカシくんはお見事なまでのナビ無視っぷり。高速道路の出口を間違えて一旦降りた後も、ナビの指示には従っているはずなのに、なぜかまたしても道を間違えたりと、大会前から車内はワーワーと大騒ぎだ。

「み、みんなの集中力が削がれる前に、こっちの精神が持たない……! 先が思いやられる……!」
「だーいじょーぶ、アイツらなら」
「そっちの心配じゃないよ! タカシくんの運転が信じられないの!」
「ええっ、俺ー!?」

 そんなこんなで会場に着いたのは、予定より三十分過ぎたころだった。
 入り口には大きく

 「関東学生ボディビル選手権大会 会場」

 と立て看板が掲げられている。
 それにしても見渡す限り、男、男、男。
 けれど、私ぐらいの女子も一定数いる。昨今のマッチョブームで観客の層が徐々に変わっているらしい。

「今から十五年くらい前かな、『ボディ部伝説の女子マネ』って言われた人がいたんだって」

 タカシくんが、やはりラグビー部とは思えないエピソードを語り始めた。

「伝説?」
「今までむさ苦しいヤローしかいない中で、一際大声で応援し続けた女子がいたんだ。それが東応ウチのOB時代のマネージャーなんだって。テレビのニュースでも写ってたくらい注目の的だったって」
「へえ、すごいね」

 伝説の女子マネの話に、私の心はドクンと音を立てる。自分も、あんな風に、誰かの「伝説」になれるだろうか。彼らの舞台を、全力で支え、魅力を引き出す存在に。
 そんな風に聞き入っていたその時、ふと控室のある方向に目をやると、通用口から誰かがひょこっと顔を出した。

「あ、綾羽さーん!」

 せんべいくんが、腕をぶんぶん振っている。ちょっと挙動不審なのは相変わらずだ。

「おお、見つかったか」

 タカシくんが小さく笑う。

「ちょっとだけなら中に入れるよって、西本さんが」
「ありがとう。お邪魔します!」

 控室に足を踏み入れると、汗と緊張の熱気がふわりと漂っていた。
 選手全員上半身Tシャツかノースリーブ姿で、体を軽く動かしながらパンプアップ──筋肉を大きくすることに集中している。
 鏡に向かって腕を上げたり、足を踏み鳴らしたり、呼吸を整えたり。まるでお芝居での舞台裏のような静かなざわめきが、そこにあった。

「アヤハさん、来てくれたんだ」

 アキラくんがタオルで首を拭いながら声をかけてくる。
 いつものニヤけ顔じゃない。穏やかだけど、芯の通った顔をしていた。

「当然でしょ。マネージャーなんだから。みんな、かっこいいよ」

 その一言で、せんべいくんの顔が真っ赤になる。

「や、やばい……西本さん、俺、また緊張してきた……」
「水一口飲んで落ち着け。いま飲みすぎるとむくむぞ」

 アケチくんが冷静に指摘する。色白の肌は焼けても、彼の淡々とした性格は変わらない。

「秀ちゃんは?」
「あっち、ちょっと集中してる」

 アキラくんの視線の先──。
 隅のベンチで、目を閉じた秀ちゃんがゆっくりと呼吸していた。
 その肩はわずかに強張り、拳を握っては開いて、懸命に呼吸を整えている。きっと、彼なりのルーティンなのだろう。私はそっと近づいて、彼の隣に静かに座った。

「緊張してる?」
「……うん」

 彼の絞り出すような声に、私はそっと語りかける。

 「大丈夫。これまでの努力、ちゃんと見てきたから。誰よりも、一番近くで」
「……ありがと」

 その一言だけで、彼の肩から、まるで積年の重荷が下りたかのように、すっと力が抜けたのが分かった。
 私には専門知識も、トレーナーとしての技術もないけれど──でも、背中を押すくらいはできる。

「私、今日だけ“伝説の女子マネ”になるから」

 そう言ったら、秀ちゃんはふっと、安堵したようにクスリと笑った。

「どこで聞いたのそれ。でも……俺が舞台に立つとき、叫んで」
「もちろん。声、枯らす気でいくから」

 私の声で立ち上がる秀ちゃんの顔は、今までで一番格好いいと思える表情を浮かべていた。

「西本、安藤、準備はいいか?」

 タカシくんの声が控室に響く。

「おう。明智、田中、パンプチェックしとけよ」
「はい!」

 選手たちがそれぞれの道具を手に、立ち上がる。いよいよ本番が始まる。

「綾羽さん、来てくれて本当にありがとう」

 せんべいくんとアケチくんが、真剣な顔で言った。私はそれに笑顔で応える。せんべいくんは若干震えているように、小動物のような潤んだ瞳で見つめている。よほど感激屋さんらしい。
 その様子を見ていたアキラくんが、せんべいくんに釘を刺す。

「泣くなよ? 水分コントロールしてるんだから」
「わ、わかってますって……!」

 空気が、ピンと張り詰める。
 でも、不思議と温かい。
 “舞台”は、もうすぐ。
 彼らは今から、全力で「魅せる」時間に向かう。
 そして私も、全力で──応援する。


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