モストマスキュラー!7「乱入者」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】
「なにその含んだ言いか」
私が今度こそ秀ちゃんを問い詰めようとした、その時。
ガツン、と突風が吹いたのかと思うような音がドアを打ち付ける。
そこにいた全員が音のする方へ視線を向けたのと同時に、ドアが開く。
観音開きのドアが全開放されたそこには、黒地にイエローの文字。『SLEIPNIL』と胸元に書かれたユニフォーム姿の青年が立っていた。短く刈り込んだ、いや、丸々と剃り上げられた頭と、全身から発せられる尋常ならざるオーラが、一瞬にしてトレ室の空気を変えた。
「静かに開けろよ!」
私の目の前にいたアキラくんが入口に向かって吠える。
「なーんだ、またこの曲かよー。こんなんじゃノレないっつってんだろ」
吠えられた乱入者は、アキラくんの声など全く聞こえていないとばかりに音源へ早足で向かう。コンポから流れていた曲を停止させCDを取り出したかと思うと、近くの窓を勢いよく開け、何の躊躇もなく、まるでフリスビーのように遠くの空き地へ投げ捨ててしまった。
「あーっ、俺のCD!!」
青白い肌を少し赤くしてアキラくんが叫ぶ。
「あ、アキラの? 捨てろあんなの」
「テメー殺す、つーかぶっ殺す!」
相当お気に入りの曲を詰め込んでいたのだろう、焦ってトレーニング室から青いTシャツ姿の青年が飛び出していく。
その後も黒い彼は止まらない。
「あったあった」とCDを入れて再生ボタンを押すと、スピーカーが突然『YEAHHHHHHHH!!』と叫ぶ。超高速ドラムの音と共に、外国のハードコアパンクバンドの曲がトレーニング室で暴れ出した。
あ、なんだろう。去年行った夏の野外フェスの盛り上がりに近い音量だ。爆音でギター掻き鳴らされてオーディエンスが大熱狂している状況と酷似していて、私の鼓膜はビリビリと震え、視界がわずかに揺らぐほどの眩暈がした。
「うるせー!! お前、なんでこれでトレできんだよ!?」
CDを持って帰ってきたアキラくんの声が曲の隙間から聞こえる。
「タカシ!! また怒られるって!!」
秀ちゃんがそれはまずいとばかりに、コンポの方へ駆けてボリュームを下げる。
タカシ、と呼ばれた彼は、曲に合わせて頭を上下に振りながら歌詞を叫びつつ鉄棒へ向かっていく。全く他人の話は聞いていないらしい。
──何なんだこれは。というか、ダレナンデスカ。
嵐だと思った。いや、嵐だ。現在進行形で。
そんな『嵐』に秀ちゃんが近づいて声をかけた。
「ラグビー部、今終わったのか」
「ノンノーン、俺はラグビー部じゃなくてボディ部だろうが」
鉄棒に掴まるも一度も懸垂はせず、だらりとぶら下がったまま返す青年。
「とうとう頭がイカれちまったか」
「もともとじゃね?」
秀ちゃんの隣に並んだアキラくんが心底呆れたように言うと、黒ユニフォームの彼が鉄棒から手を離し、マットの上に着地してすぐに二人の目の前でプロレス技と思わしき動きをした。
「黙れハゲども、一発キメちゃうぞ?」
「ハゲはお前だろ、鏡見て言え! このスキンヘッドが!!」
「スキンヘッドはハゲじゃないぜ?」
「うるせーんだよ!!」
さっきのCDフリスビーが相当ご立腹だったのだろう、アキラくんが声を荒げる。黒い彼は想像の世界で首を極めているのだろうか。今度は肘でリズムを取りだした。アキラくんの声は全く耳に届いていないらしい。
ようやく視界に私が入ったのか、黒い彼と目が合った。五メートルほど離れた距離。私は固まり、リズムを刻んでいた肘は止まる。
「え」
「あ」
気まずい。初めてこのトレーニング室で居心地の悪さを感じた。
さっきは蛇に睨まれた蛙だったけれど、今度は熊に狙われた鮭だ。確実に仕留められる。今すぐここから逃げ出したい。
──少しの沈黙のあと、切り出したのは黒いユニフォーム姿の彼だった。
「誰だあのレディは」
「お前そのキャラ、ネタでもいい加減ウゼェ」
苛々したように吐き捨てるアキラくんには目もくれず、私と視線が合ったまま「あ、もしかして!!」と何かを思い出したかのように言うと、風を切るように私へ向かって歩いてきた。
あ、どうしよう。逃げなきゃマズイかなコレ、と狼狽える。
彼が私の目の前に立ち、顔をまじまじと見たあと秀ちゃんへ投げかけた。
「安藤、お前、そうなったのか!! アヤハちゃんと!!」
「気軽にちゃんづけすんな、このハゲ!!」
秀ちゃんがちょっと怒ったような声色になる。
「はい……綾羽、ですが」
今日、これで自己紹介何度目かな……。自分の名前をこんなに話したの、生まれて初めてだ。
「紳士です。ボディ部員です」
黒の彼がそう言うと、うやうやしくお辞儀をする。
「誰が紳士だ。あとおめーはラグビー部だと何度言わせるよ」
アキラくんの顔色が更に青白くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
これはついていけないぞ、と私の作り笑いが引きつりそうになっていると
「あ、俺そろそろあがりまーす……」
私の隣でずっと気配を押し殺していたようなカワノくんが、おずおずと出口へ向かう。
「河野、逃げるなよー? 一戦交えるぞ?」
逃すまい、とすかさず黒い彼の長い腕がカワノくんの右腕を捕まえる。
「いやですよ!! 住谷さん全然手加減してくれないじゃないっすか!!」
「今日もキメちゃうぞー」
そう言うと彼はカワノくんの肩を無理矢理背後から掴んで、ドアの外へ押し出していった。
「あーあ、連れてかれたよ」
「アイツ、なんであんなに元気なんだよ……練習終わりなのに」
秀ちゃんがぼやいて、アキラくんは呆れている。
程なくして
──あいでででででででででででででで!!
カワノくんの絶叫と、カカカと笑う声が外から聞こえてきた。
「ごめんね、ちょっとおかしなヤツなんだ」
「ちょっとどころか相当イカれたヤツだけど」
青年二人はトレーニング室の外へ出ようともせず、私へ説明する。
「彼はどういう……」
「ラグビー部の主将。俺らと同学年」
秀ちゃんの言葉に、アキラくんが外から聞こえる声の方へ向く。
「あれで主将とか世も末だよな」
「まだ始まって二十五年だけどな、二十一世紀」
「じゃあもうおしまいだ、二十二世紀が来るな」
──男子学生のノリ、すごい。
どこまでが冗談で、どこからが本気なのかさっぱり分からない。でも、会社員時代の男性社員もこんな感じだったかもな、とふと思い出す。特に体育会系集団が集う飲み会なんて。
「ごめん、俺もだけどうるさかったよね」
「い、いいの。いいの」
突然秀ちゃんに謝られても、こういう場合は構わないよとしか答えられない。私の居場所ではなく、彼らの居場所なんだから。
「でも、トレ室が賑やかだと大会っぽくなるよな」
「確かに」
二人の会話を聞きながら、ふと考える。
──ボディビルの大会って、どんなのだろう?
そんな疑問も、さっきの乱入者の嵐が身体に堪えたのか、すぐ消えてしまった。
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