モストマスキュラー!9「オンシーズン(2)」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】
私の家の周辺にはファミレスが二軒、コンビニ二軒、スーパーも二軒のうち一軒は二十四時間営業と一人暮らし万々歳な立地にある。
ドリンクバーが破格のファミレスに三人で入ると「喫煙コーナーの近くでもいい?」と秀ちゃんに訊かれたので頷く。バスケ後の汗臭さがまだ身体に残っていて、自分の匂いが彼らに不快感を与えないか、少しだけ気になった。
とはいえ、喫煙コーナーの近くだったら大丈夫だろう、とたかをくくり、私の気持ちはすでに、目の前に広がる熱々の夕飯へとトリップしていた。
今日は何を食べようか。頭の中では、すでにメニューが踊っている。
二人の青年が私の向かいのソファに並んで座り、早速メニューを広げた。
でも、様子がおかしい。
「俺、ドリンクバーだけにする……」
「おう、いい心がけだな」
俺もドリンクバーだけにするわ、とタカシくんが早々にメニューを私に渡してくれる。
「え、じゃあ私も」
「綾羽はいいよ。食べな。もたないよ? 俺も家帰ったらちゃんと食うし」
優しい声に、お腹の虫がぐうと鳴る。確かに、もたない。
冷蔵庫の余白を思い出しこれは食べないと、とメニューを睨みつけ「じゃあミートドリアを」とウェイトレスのお姉さんに伝えると、男子二人組が颯爽とドリンクバーエリアへ歩いていった。
これから減量だとか身体をつくらないといけない人の前で、カロリー高めの食事を頼むのは女子のデリケートなダイエット事情と似ていて、結構気を遣うものだと知る。
秀ちゃんが外食をしない理由は、私たちへの気遣いなのだろうか。
それはそれで気の毒だな、とソファの背にもたれ軽く伸びをした。
ぼんやりしていると、それぞれメロンソーダとコーラが入ったグラスを持って青年たちが戻ってくる。
座ると同時に、メロンソーダのグラスに入れたストローを少し噛みながら、秀ちゃんが憂鬱そうな溜め息をつく。
「普通のダイエットなら痩せるだけでいいんだけどさ、オフシーズンで増やした体重を減らさずに筋トレしないと。特にボディビルって筋肉ないと始まんないし」
「バルク落ちたらカットも見えねーわショボくなるわで目も当てられないしな」
秀ちゃんの説明にプラスアルファでタカシくんが重ねてくる。
「バルク? カット?」
知らないカタカナが出てくると、勝手にオウム返しをしている自分が不思議で仕方ない。
「バルクは筋肉で、カットは大まかにいうと筋肉と筋肉の境目。厳密に言うとセパレーションだけど」
なぜ筋肉って言わないの、と問い詰めたかったけれど、ぐっと堪えた。
あまりにも専門用語が多すぎて、私の頭は処理しきれず、情報過多でクラクラと目眩がしそうだ。
「横文字が多くてクラクラするよ……」
「筋肉増やすのをバルクアップって言うんだけど、その為に必要な体重ってあるのね。アキラが苦戦するのは体重増やすことだーって言ってたっしょ?」
「ああ、確かに言ってたね」
「今のアキラじゃちょっと体重足りないから、あいつのオンシーズンは再来月。それまで毎日七千キロカロリーくらい食べるよ」
「な、ななせん!?」
成人女性の一日平均摂取カロリーが確か二千だったとして、一体何をどう食べたら一日の摂取カロリーが七千キロカロリーになるというのか。私の頭は、その途方もない数字を前に、考えることを放棄したかのように頭を抱える。
聞いているだけで胃もたれしそうなほどの量に、気のせいか胸焼けを起こしかけている気がする。
これでは、向こうが太るどころか、聞いている私の方が痩せられそうだ。
「俺も今は六千キロカロリー食べてる」
「お前は脂肪もカーボも摂り過ぎだろうが」
「なんでアキラみたいな体質に生まれなかったんだ、俺!」
更に冷たい指摘にテーブルに突っ伏して泣き真似をする成人男性。
このタイミングでウェイトレスさんが『ミートドリアお待たせしました』と運んできて頭が痛くなった。
いただきます、と手を合わせて小さく言ったあと「カーボって?」と訊く。
「炭水化物」
スプーンが止まりそうになる。嫌な予感はしていたけれど、やっぱり炭水化物だったか。
「ああ、なるほど……それじゃ焼肉御法度だね」
こんもりどんぶりと幸せ笑顔を思い出すと、秀ちゃんが「食べない!」とむくれた。
「とか言って、オンシーズン始まって早々にビール飲むわ唐揚げ食べるわ、計画台無しにしてたの誰だよ」
「うわ、それは言わないで」
タカシくんの呆れたような口調の突っ込みに、秀ちゃんの大きな目がぎゅっと細くなる。なるほど、アキラくんにあれだけ『デブ!』と罵られる理由が何となく理解できるような気がする。
「それが甘いって言われてんだろうが。アキラに怒られろ」
「うん、怒られたほうがいいね」
タカシくんに初めて同調する。それは怒られても仕方ないよ、秀ちゃん。
「安藤はアヤハちゃんに怒られたいんじゃないのか?」
冷やかしの声に私の頬が少し熱くなり、秀ちゃんは目を細めたまま頭を振った。
「んなことない!! でも」
「でも?」
思わずタカシくんと声がかぶる。
「俺は怒られるより、綾羽に来てもらえると嬉しいんだけど」
「はいはい……」
私は生返事のあと、ドリアへ集中することに決めた。
タカシくんはコーラを一気に飲み終えると、少し音を立てて空のグラスを置いて秀ちゃんに話しかける。
「そういや、カーボで思い出したけど、明智と田中は大丈夫なのか? 特に田中」
「それなんだよなあ」
どうやら後輩の件も憂鬱らしい。
秀ちゃんが眉間を寄せて、メロンソーダを飲むのをやめる。
「お前、先輩なんだからしっかり面倒見ろよ」
もしかしてタカシくんって、本当にボディビル部なのかな、と錯覚しそうになる。
「つか、俺んところの後輩心配せずに、自分の部心配しろよ」
「へいへい」
やっぱり錯覚だったので、ドリアを一気に頬張った。
◆
「タカシ、じゃあちゃんと送っていけよ」
「おいっす」
秀ちゃんとはファミレスの駐車場で別れ、マウンテンバイクを押すタカシくんと二人で私の家の方へ歩く。
「俺、五丁目なのね」
「そうなんだ」
家が近所だったのか。これからは夜道に気をつけねばと密かに決める。
「アヤハちゃんさ、良かったらマジでまた行ってやって」
「ボディビル部に? いいの?」
尋ねると、うん、とタカシくんが静かに頷く。
初めて、この青年の柔らかそうな笑みを見た。
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