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極限報道78 第10章 危機一髪 ■「これが俺の正体さ」。やさしい先輩の裏切り

後藤田が自殺? まさか


 朝夕デジタル新聞の前編集局長・辛島は、富士の樹海で首を吊った状態で見つかった。自殺だった。政治記者時代に丹澤にかわいがられ、特ダネにつながる情報をもらっていた。政治部長に就任した時、その祝いとして、軽井沢の別荘を贈られていた。その後、「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」に勧誘され、就任した。

辛島は副総理から、軽井沢の別荘を贈られていた

 ウエスト合衆国首都を流れる大河のほとりで、日本語で書かれた遺書が見つかった。後藤田武士の署名があった。河に身を投げたらしい。だが遺体は発見されていない。

 「あの後藤田が自殺だなんて信じられない。自殺を装って、どこかに隠れて生きているのではないか」
 大神はそう思った。真相を確かめるために出張したいと申し出たが、「満身創痍のその体でなんてこと言うんだ」とデスクに却下された。
 
 2日後、三友不動産の新社長が決まり、記者会見が開かれた。港区赤坂周辺再開発プロジェクトについて聞かれた新社長は、「後藤田前社長が『防衛戦略研』を通じて行ってきた活動は、三友不動産の本来業務とは全く関係ありません」と苦しい弁明をした。

 さらに、再開発プロジェクトの今後については、「1つの変更以外はこれまで通り、社を挙げて開発を進めていきます。見直すのは、『タワー・トウキョウ』の『エネルギー反射バリア』計画です。ミサイルの飛来時の爆破衝撃を緩和できる構造物にする方向で進めてきましたが、中止します。技術開発が想定通りに進まず、開発費用が倍々ゲームのように膨れ上がった。同時に防衛省からの助成金が打ち切りとなり、資金面で余裕がなくなったためです」と正直に語った。

中止になったエネルギー反射バリア計画。巨額な税金が投入された国家的な事業だった

 「もともと、国などあちこちから金を集めるための偽装計画だったのではないか。国家的な事業としてすでに巨額な税金が投じられた」との質問に対して、新社長は明確には否定せず、「とにかく『反射バリア計画』は中止します」と繰り返した。

 西川編集局長は、社の内部監査室による徹底調査を受けた。だが、西川自身が「防衛戦略研」と関係があったわけではなかった。辛島前局長の腰巾着で、なんでも「はい、はい」と聞いていただけだった。
 リーダーとしての資質に問題があるとされ、編集局長兼社会部長の職を解任され、離島の1人支局に記者として配属されることになった。

 大神のオリンピック取材班入りはなくなった。田之上デスクが人事異動で社会部長に就任し、大神を調査報道班に戻したのだ。

 田之上と井上遊軍キャップは、「防衛戦略研」をめぐる疑惑を暴いた当日の紙面作りに際して、当番編集長にきちんと説明しなかったことで、新しく就任した鈴木編集局長から厳重注意を受けた。

 その記事は当初、抗議が殺到したが、捜査当局が事件に着手し、真相が解明されていくにつれて、正確な内容だったと評価されるようになった。
 
 編集担当役員からスクープ賞が贈られることが決まった。授賞式の後、取材チームによる簡単なパーティが大会議室で開かれた。事件の全容解明には至っていないこともあり、ノンアルコールでの簡素な会となり、1時間でお開きとなった。

 大神は、会議室を出ようとしたとき、経済部の柳田と鉢合わせになった。大神は少し考えてから話しかけた。

 「ちょっと時間ありますか? 聞きたいことがあるんです」
 2人は缶コーヒーを買って、休憩室に入った。

 「おめでとう、よく頑張ったな。さすがは大神だ。俺もパーティに呼ばれたけど、取材ではほとんど役に立たなかったからな。経済部得意のただ飯食いだ~」と柳田がいつものように冗談めかして言った。

 「そんなことないよ。最初に三友不動産社長の後藤田に会えたのは、柳田先輩のおかげだった。あそこで後藤田に会っていなかったら、その後の取材は進まなかった」

 「ああ、あの時な。あの後、『タワー・トウキョウ』完成後に防衛省が入居するという記事を俺が書いて、編集局長賞を受賞した」
 「そうだったね。おめでとうって言いそびれてた」
 「ただ、『防衛省が入居するのでしょうか?』と後藤田社長に質問したのは君だった。後日、俺が再取材して記事にしたんだ。君の質問がなかったら、あの発想はなかった。でもそのことは誰にも言っていない」

 「言う必要はないよ。私はただ、聞いただけだから」
 大神はそう言って、コーヒーを口に運んだ。

 「それで、本題に移ろうや。俺に聞きたいことってなんだ?」
 「うん、正直言って今、迷っている。聞いていいのかどうか。証拠はなにもないんだし……」

 柳田は大神を見つめた後、目を伏せた。気まずい雰囲気が漂った。
 その緊張感に耐えきれなくなったのか、柳田がゆっくりと話し始めた。

 「わかった、俺の方から白状するよ。すべては局長賞の受賞から始まった。金一封をもらいに行った時、辛島局長に褒められた。その時の雑談で、局長は、編集局長室に各部横断の調査報道チームをつくるという話をしたんだ。俺は関係ないと思っていたら、『君はセンスがありそうだし、チームのキャップ候補だな』と言われた。『えっ、俺?』って感じだった。キャップだぜ。夢心地になった。お礼を言って部屋を出ようとしたら、局長が俺の背中に向かって驚くことを言ったんだ。何と言ったと思う?」

 「わからない」

 「『大神の動向を探れ』と言ったんだ。『えっ』と、棒立ちになった。聞き間違いかと思って振り返ったが、局長はもうそこにはいなかった」

 大神は黙って耳を傾けていた。

 「それから俺は意識して、取材チームの会合に参加した。そこには必ず君がいる。逐一、局長に報告した。内勤業務を命じられた君が、タクシーではなくて初めて歩いて帰った時も、すぐに局長に伝えた。その後、君は局長の車に道路上で横づけされて、声をかけられたんだよな。そして三友不動産に行って、あの大惨事に遭った」

 大神は歩いて帰る途中に、局長から声をかけられたことを不自然に思っていた。それより前、突然、柳田が「協力したい」と言って取材チームに入ってきた時から「おかしいな」とはうすうす感じていた。

 打ち合わせ時に熱心にメモを取るのに、ほとんど発言をしない。財界を回って後藤田周辺を探る役割だったのに、有益な情報を全くあげてこない。

 そしてなにより、冗談を言わなくなった。漫才師を志した経験のある柳田は、どんな時でもムードメーカーで、いつも笑いを取って場を和ませてきた。
 
 「柳田先輩から情報が洩れている」、そう思い始めたが、証拠はなかった。「シャドウ・エグゼクティブ」の沢木が河野から取材を受けたことを、海外にいた後藤田が知っていた。柳田からの情報が、辛島を通して伝わったのかもしれない。

 紙面クーデターの時の打ち合わせでも、田之上は柳田に声をかけようとしたが、それは大神が止めた。

 「わかったわ。2つだけ教えてほしい。編集局長からお金がでていたの?  後藤田社長から『防衛戦略研』に入らないかという誘いはあったの?」

 「お金なんか一銭ももらっていない。キャップという肩書が欲しかったんだ。君にはわからないだろう。記者と言っても、君のような天才的なセンスと実行力をもった奴なんていない。大半の記者は、極秘情報なんて取ってくることなんてできない。俺なんか、ぼんくらの極みだ。粘りもないし、思考の持久力もない。記者なんかになるんじゃなかったんだ」

 柳田は話しながら、泣いていた。

「ぼんくら」。柳田は、自分のことをそう言いながら、涙を流した

 「後藤田だってわかっていた。やつは人の能力を見極める眼力はすごいものがある。君には『シャドウ・エグゼクティブ』への誘いがあったが、俺には一切なかった」

 再び沈黙が流れた。

 「どうするんだ。俺を警察に突き出すか? 内部監査室に通報して取り調べさせるか?」

 大神はすぐに首を振った。
 「そんなことしないよ。法律に違反したわけじゃない。局長命令に従っただけなんだから」
 「君はとっくに気づいていたのだろうが、これが俺の正体だ。もう、どこにも居場所はない」

 「どうするの?」
 「社を辞める。大阪に戻って家業の古本屋を継ぐ。そして商店街の会合で、好きな漫才を披露してみんなを楽しせるさ」

 そう言うと、柳田は立ち上がった。
 「それじゃあ。貢献はなにもできなかったけど、この取材チームの一員だったことは、俺にとっては一生の誇りになる」

 そう言って、柳田は休憩室を出ていった。

 やさしくて、楽しくて、いつも、いつも励ましてくれた先輩が去っていく。

 大神の目から涙が零れ落ちた。

(次回は、エピローグ)



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