【実家じまい・第五回】手伝わない外野を黙らせる技術。ハイエナ親族から身を守る「対人結界」の張り方
スマホの画面を見つめたまま、指がピタリと止まる。
知らない番号、あるいは、もう何年も連絡のなかった親戚の名前。
着信を知らせるその無機質な光を見た瞬間に、胃の奥がズーンと鉛のように重くなり、喉がキュッと閉まって息が浅くなる感覚。
その嫌な予感、たいてい当たっています。
「その家族、本当にあなたを助けてくれる人間ですか?」
せいちゃんです。
実家の片付けが終盤に差し掛かり、何十年も溜まっていたガラクタが消え、空間がようやく白く、清浄になってきた頃。決まって、その空白を嗅ぎつけてやってくる輩がいます。
それまで一度もゴミ袋を運んだことも、カビと埃にまみれて咽び泣いたこともないくせに、権利と主張だけは一丁前に振りかざす、血の繋がった他人たち。
彼らは、あなたが血反吐を吐く思いで整えた場所に、欲と身勝手な感情の土足で踏み入ろうとする。まともに相手をしてはいけません。あなたの身体と心が、先に壊れてしまうから。
先日、私のところに来た50代の女性は、顔色がひどい土気色でした。
「兄から毎日、金目のものはないか、土地はどうするんだって電話が来るんです。怖くて、もう実家に行けません」
彼女の手は、膝の上で小刻みに震え、指先は氷のように冷え切っていました。
私は、彼女の肩にベッタリと張り付いた、泥のような重さを真っ直ぐ指差して言いました。
「あなた、それは兄貴じゃない。腐肉に集まるハイエナと向き合っとるだけや。人間として扱うから、言葉が刺さって血が出るんやぞ」
彼女はハッとして息を呑み、血の気のない唇をギュッと強く噛み締めました。そして、ずっと張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜けました。
必要なのは、話し合いでも親孝行でもありません。
物理的に、そして感覚的に線を引く技術。つまり、対人結界です。
最大の防衛は、相手に餌を与えないこと。彼らは情報さえなければ、騒ぎようがありません。
まずは、日程を明かさない。
「次はいつ行くの?」と聞かれても、
「まだ全然決まっていない」「そのうち行く」とだけ言ってはぐらかす。
具体的な日付や時間を言った瞬間、そこは待ち伏せされる戦場になります。
そして、現場に入れない。
「業者が入っていて危ない」
「床が抜けているから入れない」
何でもいい。
あなたが主としてその領域の鍵を握り、許可なく一歩も入れないこと。
どうしても電話や対面で、汚い言葉を浴びせられる時があります。
「勝手なことをするな!」
「親父がかわいそうだろ!」
そう怒鳴られた時、絶対に反論してはいけません。
言い返した時点で、あなたは相手の泥沼に引きずり込まれ、同じ土俵で血を流すことになります。
「ああ、お兄ちゃんは、私が勝手なことをしていると思っているんだね」 「そうか、おばさんは、お父さんがかわいそうだ、と感じるんだね」
これだけです。
相手の言葉をそのまま鏡のように返す。
あなたはそう思っているんですね、という事実だけを冷たい床の上にポツンと置いておく。 投げつけられた念を受け取らずに、足元へ落とすイメージです。手応えがないと分かれば、相手はいずれ勝手に疲れて黙ります。
私もかつて、事業が崩壊して取り返しのつかない額の負債を抱えた時、それまで笑顔ですり寄ってきていた親族や知人に、手のひらを返して囲まれたことがあります。胃液が口の端まで上がってきて、夜中に何度も跳ね起き、枕が汗でびしょびしょになる夜。「なんで私だけがこんな目に」と、震える手で何度も受話器を置き直しました。
あの地獄のような日々で、私が学んだのは、情を捨てて、自分の命を守る手順を優先するという冷徹さでした。
陰陽師には強力な秘護符がありますが、こんなハイエナたちに使うのは、正直言って高級スーツをドブの泥水に突っ込むようなものです。
もったいない。
スーパーで買える一番安い粗塩で十分です。
和紙か半紙に包んだ一握りの塩をポケットに忍ばせておくだけで、それはあなたの心を護る分厚い防弾チョッキになります。
奴らと会った後、あるいは電話を切った後は、その塩を家の外の土にパラパラと撒くか、トイレにザバッと流してしまえばいい。
それでも、どうしても許せない時がある。
殺意に近い怒りが腹の底でドロドロと渦巻いて指の震えが止まらない。
そんな時は、溜め込まずに「式護符(しきごふ)」の代わりを作って使いなさい。
チラシの裏でもなんでもいい。
紙を一枚用意して、そこに相手への罵詈雑言、呪い、言いたかったことの全てをペンが折れるくらい強い筆圧で書きなぐる。それをドス黒い感情のゴミ箱にして、最後に火をつけて燃やすんです。
灰がボロボロと崩れていくのを見ながら、「これでお前の念は燃え尽きた。私とはもう一切関係ない」と自分の中でハッキリと線を引く。
これは相手を呪い殺すためじゃない。
あなたが、あなた自身のきれいな呼吸を取り戻すための、外科的な儀式です。
実家じまいは、単なる建物の片付けではありません。
あなたを何十年も縛り付けてきた、古い人間関係の膿を出し切るための、大手術です。血が繋がっていようが、あなたを害し、あなたの領域を侵す者は、今のあなたにとってただの他人以下の存在です。
とりあえず、今日はもうその重たいスマホを伏せて、温かい汁物でもすすってください。
もし、どうしても足の震えが止まらず、自分一人では結界が張れないなら、門を叩いてください。
お問い合わせ
……ただ、腹がくくれるなら、私の道具なんていらんはず。
この記事に書いた手順を自分の身体でやるだけで十分です。
さて、足元でちゃちゃが、空っぽの皿の横でじっとこっちを睨みつけています。 餌の時間が一分でも過ぎると、この世の終わりみたいな顔をするんだよなぁ。
こいつの理不尽な要求に応えてやる方が、欲ボケした親戚の相手をするより、よっぽど健全です。
ほな、飯にするか。
