変わったのは、役場職員の生き方だった〜オガール祭りで見た進化〜
三年ぶりの実行委員長と、一ヶ月の恐怖
いつもは八月にやっていたオガール祭りを、七月にやりたいのだと、若いスタッフたちが言ってきました。理由は猛暑をさけるため。
そして三年ぶりに、実行委員長に就いてくださいと言われました。
たった一ヶ月、開催を早めるだけの話であります。それでも人は不安になるものです。梅雨時期にだいじょうぶだろうか、お客さんは来てくれるだろうか、去年と同じ景色を、一ヶ月前倒しで再現できるのだろうか。
日程を動かすというのは、それまで全員が寄りかかっていた「去年どおり」という、いちばん頼れる背もたれを一つ外すことに他なりません。人は、背もたれが一つ消えるだけで、あんなにも足元を見るのであります。
不安を消す方法は、ただ一つしかない
この不安を取り除く方法を、私は一つしか知りません。とにかく、先に売上を作ってしまうことです。
前にも書きましたが、バレーボールには、サイドアウトとブレークという二つの得点の取り方があります。相手のサーブを受け、守って守って取り返す一点がサイドアウト。自分たちのサーブから、流れを渡さずに連続で奪いにいく一点がブレークです。試合を動かすのは、いつだって後者であります。守って取り返しているうちは、点数は五分のまま、心だけが削れていくのです。どこかでブレイクしなければ絶対に勝てません。
不安に対しても、まったく同じことが言えます。
天気を心配し、動員を心配し、去年との比較に怯えているのは、サーブを待っている構えそのものであります。
だから私は、待つのをやめました。FMイワテさん、カシオペアFMさん、岩手日報さん、多くのメディアの方々に頭を下げ、実行委員長みずから電波に乗り、みずから会場でおもてなしをしました。
沖縄の仲間たちに声をかけ、岩手まで出店してもらいました。十三年間ずっと出し続けてくれている方にも、今年はじめての方にも、一軒ずつ要望を聞いて回り、直せるところを直して、十三回目の朝を迎えたのです。
これは、来てくれるかどうかを祈る作業ではありません。来てもらう理由を、こちらから一つずつ積み上げていく作業であります。ブレークとは、そういうことなのです。
涼しさが変えた、滞在時間という名の設計
全国から、三十名を超えるボランティアが集まってくれました。そのほとんどが、ザキオカスクールに参加してくれた方々であります。本当にありがとうございます。
そして、七月開催は思いがけない設計変更をもたらしました。八月よりも涼しいぶん、お客さまの滞在時間が長くなったのです。夏至から間もない時期ですから、19時30分ごろまで空にうっすらと明かりが残っている。まちづくりの現場で、私たちは「滞在時間」という言葉をよく使います。
人が長くその場にいてくれるほど、消費も、出会いも、次に来る理由も増えていく。
空の明るさが一時間延びるというのは、会場という舞台の上演時間が一時間延びることに、そのまま等しいのであります。暗くなったから帰ろう、という人が、目に見えて減りました。
そして何より、子供の数が半端ではないのです。結果として、ビアフェスであるにもかかわらず、ビールが無くなってしまいました。祭りとしては、これ以上ないうれしい悲鳴であります。
「ビール、売り切るぞ!」と叫んだのは誰か
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