死ぬまでにやりたいリストと、ルイス・カーンの傑作が教えてくれた「まちづくりの絶望的な差」
フォートワースの街を歩いておりますと、見渡す限り日本人とすれ違うことはなく、同郷の皆様が多く集まっていらっしゃるのはおそらくトヨタのHQがあるダラスの北部あたりなのだろうなと、少しばかりの孤独と自由を満喫しております。
今回、私がこのアメリカの人工的な匂いのする都市に足を運んだのには、明確かつ絶対的な理由がありました。それは「死ぬまでにやりたい事100リスト」の一つである、「キンベル美術館を訪れる」という長年の夢を叶えるためでございます。



奇しくも私がこの世に生を受けたのと同じ1972年に完成した、ルイス・カーンによる至高の名作。その圧倒的な光の空間と、コンクリートという素材が持つ静謐な美しさを全身で浴びるためだけに、私はこの地へとやってまいりました。
ちなみに、すぐ隣には安藤忠雄先生の設計された素晴らしい近代美術館が鎮座しておりますが、そちらにはあえて足を踏入ておりません。なぜなら、今回の目的があやふやになってしまうことを恐れたからです。一つの建築への純粋な愛を貫くためには、時には非情な決断も必要になるというわけです。

しかし、この至福の時間を過ごす中で、私の脳裏を占めていたのは、単なる建築美への感動だけではございませんでした。直線的な街区、人工的に整備された都市の骨格……おそらく、日本の地方に作られた新都市の計画も、図面上はこのようなイメージを描いて進められたはずなのです。
それなのに、出来上がった都市の姿は、日本とアメリカで全く違うものになってしまっているという、あまりにも残酷な現実に直面させられてしまったのでございます。
床の「総量」を求める日本、床の「単価」を極めるアメリカ
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