見出し画像

「準備ができたら行きます」は、一生行かないという宣言であります

いま、羽田空港でこれを書いております

いま、私は羽田空港におります。
これから1週間のお休みをいただいて、タイに向かうところであります。
友人の、そのまた先輩にあたる方からお誘いをいただき、アジアクロスカントリーラリーの運営車に同乗させていただくという、とんでもない機会を頂戴したのです。
競技車ではありません。運営車です。つまり私は、コースを攻める主役でもなければ、スパナ1本握れる整備の人間でもなく、ただ助手席に座らせていただくだけの、完全なる部外者であります。
車は好きです。バイクにも乗ります。けれど、本格的なラリーの現場に自分の体が置かれる日が来るなど、それこそ夢にも思っておりませんでした。
昨夜は、ほとんど眠れませんでした。遠足の前の晩の小学生と、まったく同じであります。50代にもなって情けない話でありますが、この感覚が自分の中にまだ残っていたことのほうが、私には嬉しい発見でした。

ダカールの弟分ではありません。1996年から続く、FIA公認の国際ラリーレイドであります

念のため申し上げておきますが、これは仲間内の遊びのようなイベントではありません。
アジアクロスカントリーラリーは、1996年に第1回が開かれ、以来毎年8月に開催されてきた、東南アジア最大規模のクロスカントリーラリーであります。国際自動車連盟(FIA)と国際モーターサイクリズム連盟(FIM)が公認する国際競技で、年によってタイ、マレーシア、ラオス、カンボジア、ベトナム、ミャンマーなど、複数の国境をまたいで走ります。
今年は8月9日にタイのパタヤをスタートし、8月15日に北部の古都ピッサヌロークでゴール。6日間で走る距離は、およそ2,000kmと聞いております。
戦っているのも、趣味の延長の方々ではありません。三菱もトヨタも、メーカーが本気の体制を組んで乗り込んでくる舞台であります。元グランプリライダーの青木拓磨選手は、今年で参戦20年目、通算17回目の挑戦になるそうです。20年であります。同じ舞台に20年立ち続けるという事実の重さの前では、私の1週間の休暇など、埃のようなものであります。
雨季の赤土は、走った車の後ろの視界を全部持っていくと聞きました。渡渉もあるそうです。無線で飛び交う言葉は、おそらく半分も分からないでしょう。夜通し、泥まみれの車の下から足だけ出して作業をしている人たちがいるのだと。
その現場に、何の役にも立たない私が、これから座らせていただきます。

「行きます」と答えるまでに、2秒かかってしまいました

お誘いをいただいたとき、私は2秒で「行きます」と答えました。
正直に申し上げますが、2秒は遅すぎたと反省しております(笑)。あの2秒のあいだ、私の頭の中では、みなさんの頭の中でも起きているはずの、あの実にくだらない計算が走っていたのです。
スケジュールは押さえられるか。あの案件の締切はどうなっている。1週間も抜けて、現場は回るのか。そもそも私が行って、何の意味があるのか。
意味。この「意味」という二文字が、人生でどれだけの機会を殺してきたことでしょうか。
行ったことがないところ、会ったことがない人、やったことがない経験を、積極的に取りにいく。これが私のモットーであります。理屈ではありません。信仰に近いものであります。
なぜなら、残るのは記憶だからです。それも、聞いた記憶でも、見た記憶でもなく、体験した記憶だけが残るからであります。

あえて厳しい言葉を使いますが、「準備ができたら行きます」は、一生行かないという宣言であります

「もう少し落ち着いたら行きます」「時間ができたら行きます」「今の仕事にひと区切りついたら行きます」。
この三つは、すべて同じ意味であります。すなわち、一生行かない、という宣言に他なりません。
落ち着く日は来ません。時間はできません。区切りは、自分で刃を入れない限り、永遠につきません。私は50代になってようやくこのことを理解しましたが、理解するのに払った授業料は、決して安くありませんでした。
だから私は、自分の会社でひとつだけ決めていることがあります。
休む理由を、訊きません。
どこへ行くのか、誰に会うのか、それが仕事にどう役立つのか、一切訊かないことにしております。訊いた瞬間に、休みが「稟議」に変わってしまうからです。そして、行った先で何を見てきたかを、報告書にさせることもいたしません。体験を成果物に換算させた瞬間、その体験は死んで、ただの資料になってしまうのであります。
役に立つかどうか分からないものを、役に立つかどうか分からないまま抱えて帰ってくる。あれが、いちばん効くのです。

けれど、行った先を「消費」して帰ってくるだけの人も、同じくらい何も残っておりません

一方で、反対側の極も斬らなければ、この話は片手落ちになります。
やたらとあちこちへ出かけているのに、驚くほど何も持って帰ってこない人がおられます。写真は撮る。名刺は交換する。SNSにも上げる。けれど、その場所の土の匂いも、そこにいた人の目の色も、何ひとつ本人の中に残っていないのです。
ラリーの言葉で申し上げるならば、リエゾンしか走っていない、という状態であります。
リエゾンとは、競技区間と競技区間をつなぐ、公道の移動区間のこと。ラリーの1日の大半は、実はこの移動が占めております。しかし、タイムが計測されるのは競技区間だけです。どれだけ長い距離を移動しようとも、競技区間に自分の車を入れない限り、その日のタイムは1秒も刻まれません。
視察も、出張も、旅行も同じであります。移動しただけでは、何も起きません。土埃をかぶる側に回って、はじめて時計が動き出すのです。

くすぶりは、燃料切れではありません。混合気の問題であります

やる気がないわけではない。能力がないわけでもない。むしろ真面目に働いている。それなのに、なぜか前に進んでいる感じがしない。エンジンはかかっているのに、白い煙ばかり出て、回転が上がらない。あの状態であります。
私は長いこと、あれを燃料の問題だと思っておりました。頑張りが足りない、努力が足りない、覚悟が足りない、と。
違いました。あれは空気の問題であります。
エンジンというものは、燃料だけでは燃えません。空気と混ざって、正しい混合気になって、はじめてきれいに燃焼します。空気が足りないまま燃料だけ送り込むと、燃え残りが出て、黒い煙を吐いて、くすぶるのです。
くすぶっている方に足りていないのは、努力ではありません。新しい空気であります。行ったことがない場所、会ったことがない人、やったことがない経験。要するに、自分の外側から入ってくる空気の量が、決定的に不足しているのです。
そして厄介なことに、くすぶっている人ほど、空気を取りに行く元気がありません。だから、外から誘われたときが、唯一にして最大のチャンスなのであります。あの誘いは、社交辞令ではありません。あなたのエアクリーナーを交換しに来た人です。

運営車は、絶対に1位になれません。けれど、全コースを見ております

これから私が座らせていただく運営車には、順位がつきません。表彰台にも上がりません。誰も名前を覚えません。
けれど、運営車は全コースを走ります。競技車が壊れて止まる場所も、地元の子どもが手を振る村も、夜通し修理をしているチームのテントも、優勝した人間が見ていない景色まで、全部見ることになります。
これは、くすぶっている方にどうしてもお伝えしたいことであります。
主役でなくても構いません。1位でなくても構いません。呼ばれた席が助手席でも、何の問題もありません。行った人だけが、コースの全部を見られるのです。行かなかった人は、結果しか知ることができません。
私自身、経営者としての顔をして偉そうに書いておりますが、実際のところは現場に立っている一人に過ぎず、毎月きちんとくすぶっております。資金繰りの計算をしながら夜中に目が覚めることもありますし、一寸先は闇だと本気で思う日もあります。人の問題では、いまだに正解に辿り着けたことがありません。
その私が、なぜまだ立っていられるのか。
行ったことのない道を、毎年何本か走っているからであります。それ以外に、理由が見つかりません。

あなたは今年、一度も通ったことのない道を、何本走りましたか?

今年、あなたは初めての場所に何回立ちましたか。初めての人と、何回名刺を抜きにして話しましたか。やったことのない役割を、何回引き受けましたか。
ゼロだったとしても、責めるつもりは毛頭ありません。私にも、ゼロの年がありました。あの年のことは、驚くほど何も覚えておりません。予定はぎっしり埋まっていたはずなのに、記憶が真っ白なのです。
人生の終わりに手元へ残るのは、資産でも肩書でもありません。記憶であります。それも、体験した記憶だけであります。
行ったことがないところへ、行く。会ったことがない人に、会う。やったことがない経験を、取りにいく。
誘われたら、2秒で「行きます」と答える。いや、本当は0秒がいいのです。
それが、くすぶりを消すための、唯一で最短の方法であると、私は確信しております。
では、行ってまいります。赤い土埃の話は、帰ってきてから書きます。

ここから先は

0字

株式会社オガールの代表でもある岡崎正信が、日々感じているまちや地域に関する話題を提供していきます。ま…

スタンダードプラン

¥1,600 / 月

これを購入していただくと、これからの人生が楽しくなると思いますよ。多分笑

年に数回、海外に旅行に行きます。旅行と言っても立派な仕事です!正直、私の素が出るのはこの旅行記かもしれません。男がなぜ早死するのかとか、男…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?