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AIは魔法の杖ではなく「バカがさらに加速してバカになる」ためのドーピング装置であるという絶望的な真実について

圧倒的なショートカットが奪い去る「自らの愚かさに気づく」という最後のセーフティネット

世間ではAIを使える人と使えない人の格差が広がるといった、生ぬるい議論が交わされておりますが、私たちが本当に危惧しなければならないのは、AIという極めて優秀な「もっともらしい文章の生成装置」を手に入れたことによって、本来であれば自らの無知や浅薄さに気づくはずだった人々が、その気づきの機会を永遠に奪われ、超音速で愚かさを極めていくという地獄のような現実が到来しているということです。

かつてであれば、企画書ひとつ書くにしても、文章の構成に悩み、語彙の貧困さに絶望し、周囲からの厳しいダメ出しを食らうという痛みを伴うプロセスを経ることで、「自分はまだまだ足りない人間なのだ」という最低限の客観性を保つことができていたはずなのです。

しかし、現在のジェネレーティブAIは、どれほど中身が空っぽで薄っぺらい指示を投げたとしても、それを一瞬にして、いかにも一流のコンサルタントが書いたかのような、論理的で体裁の整った美辞麗句へと変換してしまうという、ある種の恐ろしい優しさを持っているのであります。

その結果、自らの頭で汗をかくことを放棄した人間は、画面に表示された見事なアウトプットを見て、「こんな素晴らしい文章を生成できる自分は、実はとてつもなく優秀なプロンプトエンジニアであり、時代を先取りするクリエイターなのではないか」という、取り返しのつかない壮大な勘違いへと突き進んでしまうのですね。

現場の泥臭い「試行錯誤」をスキップした先にある、中身のないハリボテの万能感

私たちが現実社会で何か新しいプロジェクトを動かしたり、事業としてお金を稼いだりする過程においては、どう転んでも避けては通れない血の滲むような交渉事であったり、一筋縄ではいかない資金繰りであったり、関係者との生々しい軋轢といったものが必ず存在しており、そうした泥臭い「試行錯誤」の果てに得られる教訓こそが、人間の血肉となっていくはずです。

ところが、AIというドーピング装置によって「加速したバカ」は、この現実世界における物理的な摩擦や痛みを完全にスキップし、ただAIに「成功する新規事業のロジックモデルを作って」と打ち込むだけで、すべてを成し遂げたかのような危険な万能感に浸りきってしまうのです。

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