画面越しでは決して味わえない「感動という名の最高解像度」〜スマホをしまって、全身のセンサーで世界を受信する旅〜
フォルダの奥底でひっそりと眠り続ける、二度と見返さない数千枚の思い出たち
みなさま、こんにちは。
旅行や特別なイベントなどの非日常空間に足を踏み入れた途端、何かに取り憑かれたように無意識のうちにスマートフォンのカメラアプリを起動し、目の前で繰り広げられる光景をとりあえずデジタルデータとして保存しておくことがすっかり習慣化してしまっている現代社会ですが、いかがお過ごしでしょうか。
旅の最大の醍醐味といえば、普段の生活圏から遠く離れたその土地ならではの空気感や匂い、そして五感をフルに刺激する生の体験を、自分自身の身体全体で直接感じ取ることにあるはずなのですが、いつの間にか私たちは「今この瞬間の熱量を味わい尽くすこと」よりも、「後で誰かに見せたり、SNSで共有したりするための証拠集め」にばかり夢中になってしまっているような気がしてなりません。
もちろん、写真や画像というものは、時間が経過してから色褪せかけた思い出の引き出しを再び開けるために必要な、とても便利で素敵なアイテムであることには間違いありません。
しかしながら、プロのカメラマンでもない限り、あるいは自己表現を生業としているわけでもない限り、一般の私たちがスマートフォンで何千枚、何万枚と闇雲に連写したところで、それらの画像を後から一枚一枚丁寧に見返す機会など、実は人生においてほとんど訪れないという残酷な真実に、そろそろ気付き始めている方も多いのではないでしょうか。
「記録として残すこと」に必死になるあまり、四角いレンズを通した世界ばかりを凝視して、肝心の自分自身の心と記憶には何も刻み込まれていないという本末転倒な事態は、せっかくの素晴らしい旅情を大きく損なうものであり、なんとしても避けたいところです。
ドジャースタジアムの圧倒的な熱狂の中で下した「写真は一枚だけ」という決断
そんな現代の「レンズ越しでしか世界を見られない病」とも言えるような状態に一石を投じ、旅の真の醍醐味を改めて思い出させてくれる決定的な出来事が、先日、私自身の身に起こりました。
ロサンゼルスの抜けるような青空の下、世界中から熱狂的なファンが集うドジャースタジアムへと足を運び、ロサンゼルス・ドジャース対コロラド・ロッキーズの白熱した試合を観戦するという、野球ファンにとってはまさに夢のような時間を過ごす機会に恵まれた時のことです。
スタジアムのゲートをくぐり抜けた瞬間に全身に押し寄せてくる、観客たちの地鳴りのような大歓声や、どこからともなく漂ってくる香ばしいホットドッグとビールの匂い、そして目に飛び込んでくる緑に輝く天然芝と赤土の美しいコントラストを目の当たりにしたとき、私はふと、ポケットから取り出しかけたスマートフォンをそっと元の場所へと戻しました。
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