期限の無い仕事は、絶対に仕事じゃねぇ
みなさま、日々息をするように次々と降ってくるタスクの波に飲まれ、カレンダーの赤い日付と時計の針の無慈悲な進行に怯えながらも、どうにかこうにか社会という巨大なシステムの歯車として健気に回転し続けていることと推察いたしますが、新年度、いかがお過ごしでしょうか。
また、新しい年度が始まりましたね。一年前の自分と比べても意味がないかもしれませんが、してみてもいいかもしれませんよ。
本日は、我々が社会人として生きていく上で絶対に避けては通れない、それでいて多くの人が目を背けたがる「期限」という名の、我々を容赦なく縛り付けつつも同時に人間として生かしてくれる、恐ろしくも尊い概念について、再び、そしてさらに暑苦しく語らせていただきたいと思うのです。
世の中で「期限がないこと」や「いつ完成するか全く未定であること」を堂々と逆手にとり、あろうことかそれを最大のウリにして世界中から観光客と莫大な資金を集め、歴史的な大成功を収めている事例など、地球上をくまなく探して歴史の教科書を隅から隅までひっくり返してみたところで、あのスペインの至宝、天才建築家アントニ・ガウディ大先生が手掛けたサグラダ・ファミリア教会くらいなものではないでしょうか笑
あちらは神への深く果てしない信仰心と圧倒的な芸術的狂気、そして100年以上も続く人類のロマンという名の免罪符が燦然と輝いているからこそ特別に許されている奇跡の特例でありまして、我々のような一般の凡人が薄暗いオフィスでカタカタと打ち込むエクセルの表計算や、ルーティンワークの書類作成において「私の仕事はサグラダ・ファミリアと同じ高みにあるので、完成の期限は永遠にありません」などと供述しようものなら、即座に人事部という名の異端審問にかけられ、社会的な火あぶりの刑に処されることは、火を見るよりも明らかな絶対的真理なのであります笑
思い返せば数年前、かつて私の会社にも、「仕事に期限を設ける」という、社会人としては息を吸って吐くのと同じくらい当たり前かつ生命維持に不可欠な行為がどうしてもできない、ある種の妖精かUMA(未確認生物)のようなスタッフが存在しておりました。
その方は「明日の夕方までにこれを終わらせる」というような明確なゴールテープを自らの手で引くことが絶望的なまでにできないばかりか、驚くべきことに自分自身の人生という壮大なプロジェクトにおいても、一切の期限や区切りというものを設定していなかったようでして、ある日突然、何の前触れも兆候もなく会社を欠勤し、後任への引き継ぎという社会に対する最後の義理さえも一切果たすことなく、まるで朝露が陽の光に溶けて跡形もなく消え去るかのように、スッとこの現実世界のオフィスから完全にフェードアウトしていってしまったのです。
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