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takoyakiyuchan
「丁寧にしかできない」のは、美徳ではなく怠慢だ。仕事における真の「知性」とは何か。
皆さんは、子供の頃の「道徳」の時間を覚えているでしょうか。私が今でも鮮明に記憶しているのは、小学校の先生から投げかけられた、ある一つの問いです。
「朝の通勤ラッシュ。雑踏とした駅構内にある蕎麦屋の店員に求められるサービスは、スピードか、それとも丁寧な挨拶か?」
当時の私は、この問いの奥深さに衝撃を受けました。そして導き出した答えは、「相手の気持ち」「今の環境」「自分に求められているもの」の三つが融合した考えを持たなければ、本当の意味で仕事ができる人間にはなれない、ということでした。
この原体験は、今の私の仕事観の根底に流れています。しかし、今の社会や組織を見渡してみると、この「融合」ができていない場面にあまりにも多く遭遇します。今回はあえて厳しい言葉を使いますが、「丁寧にしかできない者は愚か者」であり、「雑にしかできない者は本当の愚か者」であるというテーマで、プロフェッショナルとしての在り方を考えてみたいと思います。
「丁寧さ」という名の免罪符
私の会社では、仕事の優先順位を明確に定めています。一に「スケジュールを守ること」、二に「予算を守ること」、そして三に「品質を守ること」です。この順番には、プロジェクトを完遂させるための絶対的な論理があります。
しかし、この優先順位がなかなかスタッフに伝わらないことがあります。特に陥りがちなのが、「丁寧にやること」を絶対的な正義だと勘違いしてしまうパターンです。
「丁寧にやっていたので、時間がかかってしまいました」
「こだわりを追求していたら、予算を超えてしまいました」
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