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【50代の流儀】上手に歌おうとした瞬間、それはロックじゃねぇ。過去との比較を捨てる生き方

30代という血気盛んな時期に紫波町でオガールプロジェクトを立ち上げてから、早いもので20年ほどの歳月が流れました。そして50代を迎えた今、私は沖縄の地でノウル南城という新たな大規模プロジェクトに挑んでいます。

日々、プロジェクトの緻密な予算管理やシビアな資金繰り、そして銀行との息の詰まるような協議に最前線で奔走する中で、ふと自分自身の内面における確実な、そして大きな変化に気付かされる瞬間があります。それは、かつての私であれば脊髄反射的に激昂し、声を荒らげていたような「ムカつくこと」に直面した際、ほんの「一瞬の間」を作れるようになった自分自身の静かな姿です。

若い頃の私は、それこそザ・キュアーのロバート・スミスが残した「上手く歌おうとした瞬間、それはロックじゃねぇ」という言葉を自らの不器用で荒々しい生き様に重ね合わせ、ただひたすらに魂の叫びをぶつけるようなスタイルで事業と向き合っていました。

綺麗な理屈や体裁を整えるよりも、まずは泥臭く行動し、周囲との衝突を恐れずに自分の信じる正義を強引にでも貫くことこそが、当時の私にとっての譲れない「ロック」であり、オガールという前例のない難プロジェクトを力技で前に進めるための最大の推進力だったのです。

しかし、50代となった今の私はどうでしょうか。理不尽な要求や強い怒り、あるいは焦燥感を覚えるような場面であっても、ぐっと言葉を飲み込み、状況を冷静に俯瞰するための「間」を置くことができるようになりました。この内面的な変化を、世間一般の言葉を借りれば「大人になった」とか「人間として成長した」と表現するのかもしれません。とはいえ、ムカつきますけど笑

ですが、経営者として常にヒリヒリとした最前線に立っている身からすると、心のどこかで「自分はすっかりつまらない人間になってしまったのではないか」「摩擦を避けて丸く、妥協しやすくなってしまったのではないか」という一抹の寂しさや疑念を抱くことも、偽らざる事実なのです。

自分自身では、この20年という濃密な歳月の中で幾多の試練を乗り越え、確実に経営者として進化を遂げているつもりでも、周囲の厳しい目には、かつての分かりやすいエッジや狂気が失われ、むしろ起業家として退化してしまったように映っているのではないか。偉大なるローリング・ストーンズのように、激しい時代の波と摩擦の中で尖った角が取れ、すっかり丸みを帯びた無難な石になってしまったのだろうか。そんな底知れぬ葛藤が、ふとした瞬間に頭をもたげてくるのです。

事業というものは、どれだけ綿密に計画を練り上げようとも、決して自分の思い通りに美しく運ぶものではありません。想定外のトラブルや理不尽な壁にぶつかり続けるのが常であり、資金調達の重責を一身に背負う経営者にとっては、毎日が底なし沼の上を歩くような綱渡りの連続です。だからこそ、ただ怒りに身を任せて暴れ回るだけでは決して乗り越えられない巨大な壁の存在を、この20年間の現場での闘いを通じて、痛いほど身をもって学んできたわけです。

だからこそ申し上げたいのは、過去の荒々しくエネルギーに満ち溢れていた自分と比較して、今の静かな自分を憂うことには、実は何の意味も価値もないということです。30代には30代の、経験も確固たる後ろ盾もない中で無理やりにでも突破口を開くための「闘い方」があり、50代には50代の、背負うべき重い責任と複雑に絡み合った状況の中で、最適かつ冷徹な解を導き出すための「闘い方」が確実に存在するからです。

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