覚悟の深さは、登る山が決まって初めて測れる。
先日、ある自治体の視察を受け入れ、三時間弱、私は講演をし、そのあとのヒアリングにも一つひとつ丁寧に答えました。
こういう対応を、オガールを紫波で始めて以来、ずっと有料で引き受けてきました。今でも年に十回は優に超えます。無料でやらないのには理由がありますが、それはまた別のnoteに譲りますが、ここで書きたいのは、その日の最後に投げかけられた、たった一つの質問についてであります。
今回の視察には、その自治体の活性化を一緒に検討しているというコンサルタントの方も同席されていました。私はいつものように、PPPを実らせるための十の原則を、順を追って丁寧に説明していきました。財務的に成立するか、そして住民や議会に承認されるか。この二つの問いから逃げないこと。連携とは完成品ではなく、延々と回し続けるプロセスであること。そして、時の試練に耐えるビジョンを共有できなければ、案件はたいてい途中で崩れること。
説明が一巡し、質疑も終わりに近づいた頃、そのコンサルタントの方が、少し身を乗り出してこう尋ねてきました。
「それは、自分で考えてください」
「PPPには覚悟が大事だ、ということはよくわかりました。では、我々にはいったい、どのような覚悟が必要なのでしょうか」
静かにこう返しました。
「それは、ご自分で考えてください」
冷たく突き放したわけではありません。意地悪をしたのでもありません。むしろ私は、その質問に対して、これ以上に誠実な答えはないと確信しているのであります。
なぜなら、その覚悟が、エベレストの頂を目指す覚悟の一歩目なのか、富士山を目指す覚悟の一歩目なのか、それとも、家の裏にある里山を目指す覚悟の一歩目なのか——それが私にはわからないからです。どの山に登ろうとしているのかがわからなければ、必要な覚悟の深さなど、誰にも語れるはずがないのです。
今回はあえて厳しい言葉を使いますが、向かう先を決めないまま「どんな覚悟が必要か」と問う人は、まだ登山口に立ってすらいないのだと、私は思っています。
私の会社が、引き受けない仕事
私の会社には、はっきりと決めていることがあります。それは、「どの山を登るのか」を自分たちで言えない相手とは、伴走の仕事を引き受けない、ということです。
これは冷たい態度に聞こえるかもしれませんが、逆です。目的地を決めるのは、当事者にしかできない仕事だからです。ここを他人任せにした瞬間、その事業はもう、誰のものでもなくなってしまう。私が代わりに山を決めてあげることは、コーチが選手の代わりにコートに立ってスパイクを打つのと同じで、絶対にやってはいけないことなのです。
エベレストを登ると決めれば、装備が変わり、資金が変わり、隊列を組む仲間が変わり、費やす年月が変わります。里山でよいと決めれば、その日のうちに、手ぶらに近い格好で登り始められます。どちらが偉いという話ではありません。ただ、山が決まらなければ、必要な装備も、集めるべき仲間も、覚悟の深さも、何一つ設計できないのです。
だから私は、「あなたは、どの山を登りたいのですか」と。この問いに自分の言葉で答えられない相手に、覚悟の深さを授けることは、私にはできません。
精神論で、山は登れない
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