行政は失敗を恐れて動けない。でも民間は、失敗しないと学べない。だから間に立つ人間が必要なんです。
本日は、この宇宙の真理とも言える深遠なるテーマについて、静かに、しかし心の底から熱く見つめていきたいと思います笑
「公民連携」という美しく輝くスローガンの裏側で、一体どのような異種格闘技戦が行われているのか。その真実の姿を観察してまいりましょう。
決して転んではいけない「無謬」という名の分厚い鎧
まずはリングの赤コーナー、「行政」という巨大な組織の生態から観察してみましょう。彼らが新しい挑戦に対してなかなか腰を上げないのを見て、「お役所仕事だ」「事なかれ主義だ」と批判するのはあまりにも酷というものです。なぜなら、彼らが背負っているのは「住民からお預かりした血税」という、この世で最も重く、そして取り扱いに注意を要するデリケートな物質だからです。
この劇物を扱うための絶対的なルール、それが「無謬性(むびゅうせい)」、すなわち「絶対に間違えてはいけない」という過酷な掟なのです。彼らは常に「公平」と「平等」という天秤を両手に持ち、足元には「前例」という名の安全なレールが敷かれています。もし、新しいステップを踏み出して派手に転んでしまったらどうなるでしょうか。議会という名の公開コロシアムで厳しく吊るし上げられ、メディアという名の拡声器で全方位からお叱りを受けることになります。「なぜ転ぶ可能性があるとわかっていて走ったのだ!」と。
ですから、彼らが「石橋を叩いて、叩き割って、結局渡るのをやめる」という選択をするのは、組織防衛の本能として極めて正しい生存戦略なのです。彼らに「リスクを取ってアグレッシブに挑戦しろ!」と叫ぶのは、フルプレートの分厚い重装備を着た騎士に向かって「身軽に連続バク転してみせてよ!」と無茶振りをするようなもの。
物理的に不可能なのです。彼らは「絶対に失敗しないこと」にパラメーターを極振りした、防御力特化型の存在なのだということを、我々はまず深く理解し、その重責に敬意を払わなければなりません。
転んで血を流すことでしか学べない「挑戦」という名の全裸疾走
一方、リングの青コーナーに立つ「民間」の生態は、赤コーナーとは全く異なる原理で動いています。
彼らが生きているのは、ルール無用、弱肉強食、そして変化の激しいジャングルのような市場経済です。この過酷なジャングルにおいて、安全な場所に留まり続けること、つまり「立ち止まっていること」は、そのまま企業の「死」を意味します。
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