【スペイン・トレドからの熱視線】緑はコストではなく「投資」であるという、あまりにも重大な事実について!
情熱の国スペインはトレドの空の下から、歴史の重みと息づく緑の美しさに完全に心を奪われながら、皆様にどうしても、何が何でもお伝えしたい、非常に重大な気づきがございます!
古い石造りの街並みと、そこに寄り添うように、あるいは誇り高く存在する豊かなグリーン。そのあまりにも美しく、そして計算し尽くされたランドスケープを目の当たりにしておりますと、我が国における都市空間やパブリック空間、あるいは個人の住宅の庭に対する「ある種の冷たさ」との間にある、とてつもなく深い谷底のような隔たりを痛感せずにはいられないのであります。
効率化の果てに生み出された、悲しき「コンクリート絶対主義」の蔓延
私たちの暮らす日本という国は、日常の利便性を高めたり、作業の効率化を図ったりする「ライフハック的」な発想や、新しい技術の開発においては、間違いなく世界を牽引するほどの類まれなる才能を発揮する国であります。
しかしながら、その見事なまでの効率主義の裏側には、手間や時間を持続的にかけなければならない「面倒なこと」を極端に、それこそ親の仇のように嫌うという、非常に困った「めんどくさがりや」の本性が深く、深く潜んでいるのではないでしょうか!
この「面倒を徹底的に回避する」という情熱は、時として私たちの日常の風景をひどく無機質なものへと変えてしまいます。
本来であれば日々の生活に季節の移ろいと豊かな潤いをもたらしてくれるはずの自宅の庭でさえ、「雑草を抜くのが面倒くさい」「落ち葉を掃く時間がない」「虫が出るのはいやだ」という、ただそれだけの身も蓋もない理由によって、一切の妥協なく一面のコンクリートで覆い尽くしてしまうという光景が、日本全国津々浦々で繰り広げられているのであります。土を塞ぎ、息の根を止めるかのようにコンクリートを流し込むその徹底ぶりには、ある種の狂気すら感じてしまうほどです。
さらにパブリック空間における街路樹や公園のグリーン管理に目を向けてみましても、落ち葉に対する近隣からの苦情を極端に恐れ、あるいは剪定作業にかかる日々の維持管理費を少しでも削減することばかりに血道が上げられております。
その結果として、樹木が本来持っている美しい樹形など完全に無視された、まるで電信柱か何かのように切り株状態にされる無惨な強剪定が平然と行われたり、最悪の場合には「管理が大変だから」と根元から伐採されてしまったりと、自然との豊かな共生からはあまりにも遠く掛け離れた、悲しき運用がなされているのが現状なのです。
世界の常識は「グリーンこそが土地に対する最強の投資」であるという真実
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ザキオカ旅行記
年に数回、海外に旅行に行きます。旅行と言っても立派な仕事です!正直、私の素が出るのはこの旅行記かもしれません。男がなぜ早死するのかとか、男…
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