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「なんとか耐えている」が、実は一番正直な経営報告だ

「なんとか耐えている」が、実は一番正直な経営報告だ。

「最近、調子はどうですか」。経営者なら、一日に何度も投げかけられる挨拶であります。そして私は、この問いに、いつもうまく答えられずにおります。「おかげさまで好調です」と言えば嘘になり、「いや、苦しくて」と言えば心配をかける。結局、私の口から出てくるのは、いつも同じ一言なのです。「なんとか、耐えています」。

この「なんとか耐えています」という言葉を、私は長いあいだ、格好の悪い返事だと思っておりました。好調とも言えず、不調とも言い切れない、煮え切らない報告。けれども最近、考えが変わりました。これこそが、経営の現場に立つ人間が口にできる、いちばん正直な報告なのではないか、と。

きっかけは、自分たちのホテルの、十年分のグラフを一枚にしたことでありました。今日はそのグラフを開きながら、「耐える」とは一体どういうことなのかを、正直に書いてみたいと思います。

一枚のグラフが、私に「耐えていた」と教えてくれた

私たちが岩手県紫波町で営むオガールインの、開業からの宿泊客数と売上の推移を、一本の線にしてみました。世間では、オガールはしばしば成功事例として紹介していただきます。けれども、その線を眺めて最初に込み上げてきたのは、誇らしさではなく、「ああ、よくこの谷を生き延びたな」という、ただの安堵でありました。

線は、決してまっすぐ右肩上がりではありません。開業数年でいったん山を作り、そこから一気に谷底へ落ち、長い時間をかけて、よろよろと這い上がってくる。きれいなV字回復の成功譚などでは、まったくないのです。グラフが描いていたのは、成長の物語ではなく、耐えていた時間の記録でありました。


2017年を100にした推移

谷底で、客数は三割消えた

いちばん深い谷は、令和2年度であります。お分かりのとおり、あの感染症が世界を止めた年です。

数字で申し上げます。最も多かった年に約2万2千人を数えた宿泊のお客様は、この令和2年度に1万3千8百人あまりまで落ち込みました。基準にしている開業初期の年(約1万9千9百人)と比べても、三割近いお客様が、文字どおり消えたのです。売上も、同じ年に三割近く沈みました。地方の小さなホテルにとって、お客様が三割いなくなるというのは、息ができなくなるのとほとんど同じことであります。

あの二年間、私は毎月の数字を見るのが、本当に怖かった。一寸先は闇、という言葉を、これほど身体で味わった時期はありません。手元の資金繰り表とにらめっこしながら、来月この火を消さずに済むかどうかを、毎晩のように計算しておりました。

「三割減」は、実は全国でいちばんマシな部類だった

ところが、です。後になって全国の数字と並べてみて、私は少しだけ救われた気持ちになりました。あの令和2年、日本中の宿泊施設がどれだけ沈んだか、ご存じでしょうか。

観光庁の統計によれば、2020年の全国の延べ宿泊者数は、前年比でおよそ四割三分減であります。三月単月で見れば、宿泊業の売上は五割三分も消えました。とりわけ都市部やインバウンドに頼っていたホテルは悲惨で、東京では四月の客室売上が前年比でおよそ九割減、シティホテルの稼働率は一時、一割台から二割台にまで沈んでおります。宿泊業の倒産件数は、その年だけで前年の一・五倍に膨れ上がりました。

その嵐の中で、私たちの落ち込みは、客数でおよそ三割、売上でおよそ三割でありました。全国平均が四割三分減ですから、十三ポイントも踏みとどまったことになります。都市のホテルが九割を失っていた横で、三割で耐えた。これは、傷が浅かったのではありません。需要そのものが世の中から消え去った業界で、誰かがくれるのを待つのではなく、自分たちで別の需要を、必死に引っぱり込んだ結果なのであります。

谷の底で打った一手は、「合宿の誘致」だった

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