「さよなら! 志賀原発」能登半島地震後という日常・№70(2024/06/30)

金沢で行われた「さよなら! 志賀原発 全国集会」に,神さんと参加してきた。
このような反対(抗議)集会に参加するのは,退職してから初めてかも知れない。
再会…無事を喜びあう
会場には,昨日の新聞投書記事の柳田達雄先生ご夫婦も参加していた。
震災以来初めてお会いしたが,とても元気そうでなによりだ。
また,わたしが教師を勤めた最初の学校(加賀市立片山津小学校)でお世話になったH先生ご夫妻にもお会いできて,わたしたちの無事を報告することもできた。
H女先生は,
「珠洲で地震が起きたときに,真っ先にあんたたちのことを思い出したんだよ。」
と言ってくださった。
初任校での勤務はたった2年間だったけれど,わたしを教師として育ててくれた先輩が,いまでも,やっぱり元気に,このような集会に参加している姿を見て,とても勇気をもらった。
集会には思っていたより若い人も参加していて,これも運動がつながっていくようでうれしかった。
珠洲からのメンバーは数名しかいなかったかな。
みんな,自分の生活でたいへんだから無理はない。
珠洲原発も話題に
会場には,珠洲原発を止めてくれてありがとうというような幟がいくつかあった。
下の大きい幟の文字を読んでみよう。
珠洲原発をとめ
能登地震から日本
を救った珠洲の皆様
ありがとう
福島事故を
肝に銘じ,
志賀原発を廃炉に

こういう幟の言葉に応えるように,地元珠洲市からのメッセージもあった。
いまは2次避難している珠洲市高屋町の塚本真如住職からのメッセージは,

珠洲原発を止めたのはわたしたち珠洲市民ではなく,全国のあなたたちの力です
というもの。ステキな挨拶だった。
元気な若者たち
阪神タイガースの法被を着た若者たちがいたので写真を撮らせてもらった。マジックで「反戦タイガース」と書いてある。
さすが関西。
「野球の応援にもこれを着て行く」
と言っていた。
さすが関西。


わたしたちは,明るいうちに珠洲に帰りたかった――道路はくねくね,ガタガタ――ので,街頭デモには参加しなかったのが心残り。
思ったこと
原発事故発生確率なんて訳のわかんないことを推進派は言っているけど,だからといって安全とはいえない。
数千年に一度の活断層地震を体験してしまった能登の民には,こんな紙上の確率論はなんの説得力も持たない。
しかも,屋内退避も屋外待避もできないのだから,もし事故が起きれば原発と心中するしかない。
集会のようすを伝える新聞記事
下の新聞記事は,7月1日と2日の『北陸中日新聞』のもの。


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