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「復興祈念〈桜まつり〉無事終わる」能登半島地震後という日常・№35(2024/4/21)


すべて有料だったが

今日は,宝立小中学校避難所の玄関前で行われた「復興 桜まつり」にスタッフとして参加。今回は〈徹底的に裏方で働くこと〉に決めたので,お昼のラーメン以外は,ずっと駐車場係をしていた。ずっと立ちっぱなしだった。足よりも腰が痛くなったのは,歳のせいだな。

ほとんどすべての食材が有料販売だったにも関わらず,多くの人が訪れてくれた。
珠洲市蛸島町の「お食事むろや」(民宿むろや)さんが用意した60食余りの能登丼(決して安くない)なんて,開始20分後には売り切れちゃった感じ。

サザエ丼とカニ丼

また,飯田町のメルヘン日進堂さんも,売り切れ売り切れで,2回も追加したくらい。それでも売り切れた。すごいなあ。

桜もち,バウムクーヘンなど

キッチンカーの出店者にも,「今日は有料でお願いします」と頼んでおいた。
ここでも,長い列ができていた。

わたしは,ここの「煮干しらーめん」をいただいた

おのくん

「おのくん」というのは,東日本大震災の仮設住宅から生まれたキャラクターらしい。
今日は,正院町や飯田町にある避難所に寄り,そしてここ宝立町にも来てくれた。

おのくんのゆるキャラ

この会場では,子どもたちに「おのくん」を配ってくれた。
靴下でできたとてもかわいいマスコット人形だ。それぞれひとつひとつ色も形も違う。みんな,手作りだ。

おのくんは一つ一つ違う

駐車場係を終えて戻ってきたわたしにも一つくださった。
ありがとう。
このおのくんは,いま,孫のところにある。

帽子姿も可愛い

あの日以来,初めて会う知人がいっぱい

今回の催しは,地理的に離れてしまった人たちが心まで離れないように…来場者同士が会話をしましょう…というような趣旨もあった。

わたしが会ってじっくり話をした人も,10人以上はいただろう。
家族を失った人,
倒壊した家屋の下から助け出された人,
津波で川を挟んだ向かいの家の車が自宅に突っ込んできたという人,
自宅を離れて金沢に住んでいる人,
みんな程度の差はあれ,この地震で人生の予定を大きく狂わされてしまった人たちだった。

でも最後は,笑顔で別れた。
「前を向くしかないもんね」と言いながら。

ある母親の話。
「娘が子どもを身ごもったことを,お父さんには内緒にしていた。正月に教えてあげるつもりだった。しかし,お父さんは,何も知らずに自宅の下で亡くなってしまった」
あまりにも悲しい現実が,そこにある。どうにもできない現実の中にいる。
それを受け入れるには,何年もかかるのに違いない。
でも,生まれてくる新しい命の為にも,わたしたちは,前に進むしかない。

金沢から研究仲間が

まだ祭りが始まる前から,金沢在住の研究会仲間がこのイベントにやってきてくれた。しかも,「金沢の他のメンバーにも,ここで買ったものを分けるのだ」って言って,たくさん買っていってくださった。

彼は,あの「NOTO」のカレンダーを送ってくださったり,能登に住むわれわれに義援金を送ってくださったりした人なんだよなあ。
なんて熱いんだろう。頭が下がるよ。

てなわけで,来珠洲記念に,あまりやったことのない自撮りをしてみた。

おっさん二人で自撮り

カレンダー「NOTO」

震災前の能登の景色と星空の写真が満載のカレンダー「NOTO」。
2月は見附島と冬のダイヤモンド(冬の大三角),3月は禄剛崎灯台。

「桜まつり」集合写真

「桜まつり」のスタッフ集合写真が,公民館主事さんから送られてきた(顔が分かりにくいように白黒で紹介)。
この日,たまたまボランティアで来てくれていた看護大の学生さんたちにも入ってもらった。

記念写真に収まるなんて何年ぶり?

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