【思考】ラクウショウ〜終わりなき始まり
新宿御苑のXにて「ラクウショウの紅葉が見頃」とのこと。
「ラクウショウ……?」知らない樹木の知らない紅葉を見に、今日もまたお昼ご飯のバゲットを抱えて新宿御苑に繰り出しました。



「母と子の森」というエリアにそれは立っています。逆光に照らされた赤錆色が綺麗です。




「ラクウショウ」は「落羽松」と書くそうで、あの紅葉している枝状の葉っぱが、羽のようにふわっと落ちてくるからだそう。名前も由来も美しい。






その脇にはサザンカも咲いていて、ゆっくりと、美しく、季節の移ろいを教えてくれます。



そして新宿口の大イチョウ。

風が吹くたびに、たくさんの黄色が降ってきます。

いつか最後の一葉が落ちるまで、振り続けるのでしょう。
12月を前に今一度強く思います。
僕はもう、この景色が寂しくないと。
「花が散る」「葉が散る」は終わりを指すことではないと。
「花が散り始めている」「葉が散り始めている」のだと。
そうして「冬支度を始めている」のだと。
12月も近くなり、周りは「年の瀬」「忘年会」等と言います。「一年の終わりに」と。
でも、それは人が暦を発明して初めて生まれた概念です。
地球にも、生命にも、本来そこに境目はありません。
今年は終わりませんし、来年も来るものではありません。

ただ、「今日」「今」が途切れなく始まり続けているのです。
時間に終わりはありません。「終わり」は人が時間を区切ることで発生させるものです。

「モモ」や「古生物学」が教えてくれたのです。
僕たちは永遠であると。
いつも始まりの上に立っていると。
若い頃——まだタイパ(タイムパフォーマンス)を大事にしていた頃は、今が終わり続けている感覚で生きていました。
12月に一年の「終わり」を見出し、少し寂しく思っていました。

でも、現在はただ「今日」「今」の始まりから、「今日」「今」という時間と、どう遊ぼうかを考えています。
「終わり」を意識すれば行動のスピードは上がるかもしれません。
ただ、それだけ心は余裕を失っていきます。
「始まり」を意識すれば行動のスピードは落ちるかもしれません。
ただ、それだけ心は満ちていき、再び時間を感じられるようになります。

僕はこれからも、スタートラインの上から世界を眺めていたいのです。
これが、今年手に入れた、一番大きな「想い」です。
