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生き様を歌う、エリック・クラプトン。

エリック・クラプトン。
最近の評判はあまり良くない。コロナ関連の発言など、いろいろあった。ただ、ギタリストとしてのクラプトンを評価する層はまだ根強く残っている。今の40代くらいまでは「三大ギタリスト」として、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックと並び称される存在として認識されているはず。だが、それより若い世代は、ギター自体への関心が薄れており、「エリック・クラプトンって誰?」という感覚ではないか。

自分自身もクラプトンのギターの真髄がいまいちよくわからない。どちらかというと、彼の人生の浮き沈みがそのまま音楽に刻み込まれていることに魅力を感じる。いわゆる「生き様を歌うシンガーソングライター、クラプトン」が好きだ。
例えば「Layla」。ギターの熱演部分は、デュアン・オールマンによるものだ。クラプトンのギターが印象的な演奏というと、ビートルズの「While My Guitar Gently Weeps」や、ジョン・レノンの「Cold Turkey」あたりか。それでも、「クラプトンのギターの凄さ」と言われると、やはりピンとこない。

一方で、クラプトンの音楽の凄さは、その人生と情念の込め方にあると感じる。「Layla」にせよ、「Bell Bottom Blues」にせよ、楽曲に激しい想いがぶつけられている。そういう意味では、クラプトンのアルバムは「人生の記録」として聴く価値がある。

例えば、ドラッグでボロボロになった後に出した『461 Ocean Boulevard』は、極端に力の抜けた作品だ。スローハンドを炸裂させるような作品ではないが、レイドバックした空気が見事に伝わる。柔らかなグルーヴのバンドの演奏も素晴らしく、そういう意味でのサウンドメイカーとしての才能も持っているのだろう。どこまでクラプトン自身が音作りに関わっているのかはわからないが、この時期のアルバム群はどれも当時の状態を反映していて興味深い。
代表作のひとつである『Slowhand』には、「Wonderful Tonight」が収録されている。この曲もまた、情念の塊のような一曲だ。ジョージ・ハリスンの元妻パティ・ボイドへの想いを込めた楽曲で、ここまであけっぴろげに愛情を表現するのもすごい。ギターのフレーズ自体はシンプルで陳腐にすら聞こえるが、それを凌駕するほどの感情が込められている。

自分が初めてクラプトンを聴いたのは、中学生の頃にリアルタイムで出ていた「Bad Love」だったと思う。90年代のクラプトンの作品は評価が低いが、「Bad Love」は「Layla」のリフを彷彿とさせるロックナンバーで、当時はかなりかっこよく感じた。ただ、アルバムを通して聴くと、それ以外の曲はあまりピンとこなかった。そこからベスト盤を聴いて、「Let It Glow」
や「White Room」などのポップ寄りのクラプトンに親しみ、次第に『461 Ocean Boulevard』などのアルバムに手を伸ばしていった。

クラプトンの音楽の本当の魅力がわかるようになったのは、大人になってからだ。作品の年齢に近づくにつれ、共感できるようになっていった。ただ、それも70年代のクラプトンまで。
90年代以降のアルバムはあまり熱心に聴いていない。特に最近の作品はほとんど追えていない。ただ、R&B寄りのアプローチを取り入れた時期は面白かった。「ソウルシンガー・クラプトン」としての側面が強く出ていて、ギタリストとしてではなく、情念を込めるシンガーとして魅力を感じる自分には、かなりしっくりきた。

クラプトンの魅力は「情念をぶちまけること」にある。つまり、自身が壁にぶち当たったり、人生に苦しんだりしているときほど、面白い作品が生まれる。逆に安定した生活を送っていると、音楽的な刺激が薄くなるため、プロデューサーの力やサウンドの変化に頼るようになる。そう考えると、クラプトンは天才というよりも、「人生を音楽に乗せることができる人」という印象が強い。何かに苦しんだり、新しいことに挑戦するときにこそ、強烈な作品が生まれる。クラプトンの人生と音楽は切っても切り離せない関係にある。

そろそろ最近の作品も聴いてみようと思う。俺もおっさんになり、歳を重ねたクラプトンの音楽に、新たな発見があるかもしれない。

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