「不便かも?」は杞憂に終わった|青森市編
小さな不安
「青森に転勤になる」
ある日突然、夫から告げられました。
わずか1年ちょっとで異動なんて!!
あと2年はないと
聞いていたので驚きました。
青森市といえば、ねぶた、りんご。
観光で訪れた程度の知識しかなく、小さな地方都市というイメージでした。
都会の便利さに慣れていたせいか、
選択肢が少ないことや、思い立ったときに欲しいものが
すぐ手に入らないことを想像してしまっていました。
「不便じゃないだろうか」
という小さな不安がありました。
派手さはないが味わいがある
昭和の空気が残る、ちょうどいい街
※住んでいた当時(数年前)の話になるので現在と状況は異なります。
駅前周辺には大都市のように高いビルや有名百貨店はなく、
少し寂しい印象。
昔ながらのアーケードがついた商店街が広がり、
どこか昭和の懐かしい雰囲気が漂います。
中心市街地と呼ばれるこの辺りには、
図書館などの公共施設が入るビルと地元百貨店、
商店街に個人店も軒を連ねます。
観光客向けの店もあれば、
農作物や海産物、惣菜を売る昔ながらの小売店、
老舗の喫茶店や洋菓子店があり、
観光客と地元の人が入り混じっている印象。
若手経営者が手掛ける気鋭の飲食店も増えつつある過渡期でした。
暮らしてみて分かった、街歩きの楽しさ
中心市街地に住んで感じたこと
都会の街歩きも楽しいですが、
地方ならではの味のあるお店を
訪れる楽しみもあります。
何か目的を持って歩くというよりも
適当に歩いてこんなところにこんなお店が!
という発見が面白いのです。
車移動ではきっと見つけられない、
行きにくいお店と出会うことができました。
大規模ではありませんが、皮膚科や内科などのクリニック、
美容院はいくつもあるので不便に思うことはありませんでした。
少しだけ困ったこともありました
ただ少しだけ不便に思ったのが
大型スーパーが近所にないことでした。
小さなスーパーだけで事足りない時は、
近隣の八百屋さん・魚屋さんや
地元百貨店の地下食品売場を巡る必要がありました。
でも夫が休みの日に車で大きなスーパーに行けるし、
当時は夫婦2人の生活だったので、
その辺は特に不満はなかったです。
雪事情について
やはり降雪量は多いです。
しかも水分量が多い重めの雪です。
ドカ雪になることもしばしばで、
一晩であっという間に車が
「かまくら」になったこともあります。
駐車場にもよりますが、住んでいたマンションは、
車を出そうにもまず駐車場の入口から
雪かきをして通路を確保。
重労働の末、車にたどり着きます。
そして次にかまくらから車を掘り出し、
やっとドアを開けることができます。
「住めば都」だと思えた一番の理由
何気ないやさしさに、何度も救われた
おじさまやおばさまが優しかったのが印象深いです。
当時、築古の分譲賃貸に住んでいました。
隣りの部屋に住む一人暮らしのおばさまは、
廊下などで会うとよく声をかけてくれました。
マンションに救急車が来ると「(様子を見に)行こう」と誘われ、
最初はおしゃべりな、お節介な方なのかなと警戒していました。
それは誤解で、高齢者が多いこのマンションでは、
皆、古くからの付き合いがあり、
住人同士が心配し、協力し合っているようでした。
私の体調が悪い時も差し入れをしてくれる優しい方でした。
管理人のおじさまにも親切にしていただきました。
ちょうど子供が生まれたばかりの頃。
次の転勤が決まり、退去を伝えに行くと、
「もう少し大きくなるまで(子供を)見れると思ったんだけどね」
と残念そうにしてくれて、
親族以外に我が子を気にかけてくれる人がいるなんて、
ありがたくてうれしくて、ジーンときてしまいました。
青森で出会った、忘れられない人たち
子供がいない当時、趣味のパン作りを学びたいと思い、
個人のパン教室へ通いました。
そこで出会った青森レディーたちがとても素敵でした。
気さくで優しくて楽しい方々ばかり。
教室が縁でランチに行くなど交流させてもらい、
とてもいい思い出になりました。
ねぶたを見て、言葉にならなかった夜

「地域の誇り」を持てるということ
青森に住んで初めてねぶたを間近で見ることができました。
初夏の頃、窓を開けていると、
どこからともなくピーャラピー・・・
篠笛の音が聞こえてきます。
8月のねぶたに向けた「囃子方」の練習が近所で行われていました。
本番近くになり、ねぶたが完成すると
出発地点となる会場でねぶたのお披露目の場があります。
そして8月、いざ本番。
お腹に響く迫力の大太鼓に合わせ、
「ラッセラー」
の掛け声とともに元気に跳ねる「跳人(はねと)」の若者たち。
滑稽な衣装で観客におどけて近寄り笑いを誘う
「化人(ばけと)」の存在を初めて知りました。
お囃子の笛のメロディーは、進行していく「行き」と小屋に帰る「戻り」とで異なります。
その戻りのメロディーが何とも切なくて、
「行かないで」という気持ちになり、心に響きます。
このような地域独特の文化を持たない土地で育ったので、
初めて見た感動、その迫力と熱量に圧倒され、
自然と涙が出そうになりました。
それと同時にそんな「地域の誇り」が羨ましくもありました。
まとめ|「不便さ」よりも心に残ったもの
正直に言えば、青森市は「何でもそろう便利な街」ではありません。
でも暮らしてみて分かったのは、不便さを補って余りあるものがあるということでした。
ふらっと歩けば出会える味のあるお店。
さりげなく声をかけてくれる人たち。
そして、地域の誇りとして受け継がれてきたねぶたの熱量。
便利さは数字で測れますが、居心地の良さや心が温まる瞬間は、実際に住んでみないと分かりません。
「不便かも?」という不安は、気づけば「また住みたい街」に変わっていました。
転勤は、行く前はいつも憂うつです。
それでも、その土地でしか出会えない人や文化が、思いがけず自分の宝物になることもあります。
青森市は、私にとってそんな街でした。
