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むすめに「困るなぁ」といわれた日

わたし達。
本当に本当に、大切なわたし達なんだよね。
なのに、じぶんで、ダメ出ししちゃうこともある。
じぶんでじぶんのことを、悪くいってしまうこともある。

昨日のこと。
わたしが、「もうわたしばかなんだからぁ」って言った。
すると、むすめが言った。
「困るなぁ。 わたしのだいじな人のことを。 そんなこともらっちゃ〜。」

おどけた調子で、でもやさしくて。
笑いながら、泣きたい気分だったよ。

そうかそうか。 だいじなむすめにそんなこと言われたらね。
むすめのだいじな人のこと、そんなふうに言えないよね。

そのとき、 わたしの中で、
じぶんをだいじにしたい気持ちの度合いがふわっと立ち上がったんだ。
むすめのことも、 じぶん自身のことも、 愛しく思う感覚。

それを、やさしくちゃかすように おどけて伝えてくれたことで、
もう、それが昨日のしあわせ観察日誌になった。

そのこと自体が、 わたしをしあわせにしてくれたことは間違いない。

実はそこには、
ご自愛のトリックが含まれていた。

それは、 むすめが、わたしのことを 「わたしのだいじな人」って言ったこと。
そのことで、
わたしは、 ふたりのわたしに分かれたんだと思う。

ひとりは、 じぶんのことを 「ばかなんだから」って言っているわたし。
もうひとりは、
「ばかなんだから」って 言われたわたし。

むすめは、 その“言われたわたし”のことを
「わたしのだいじな人」って言ったんだよね。
すると、どうだろう。
ばかだなんて、言えなくなる。
きゅんと、とても大切に思ってしまう。

わたしはね、
じぶんのことを ふたりとか、
さんにんとか、もっとに
分けて考えることを 大切にしている。

よく、 「じぶんを大切にしなさい」
「じぶんを愛しましょう」 なんて言うよね。
それを、ご自愛とかセルフケアって言ったりする。

でも、 じぶんがじぶんを大切にするって、
ちょっと難しくない?
右手で、左手を撫でてみて。
気持ちいいよね。
でも、なんか誰かにやってもらうのとは、
少し違う。

してあげるじぶん。 されるじぶん。
これが、くっついて ひとつのじぶんになっているとき、
ご自愛は、たぶんちょっと難しくなる。

してあげるじぶん。 されるじぶん。
それを見ているじぶん。

もっとだよ。

いまのわたし。
過去のわたし。
未来のわたし。
それぞれが、 おたがいに ご自愛しあう。

一番知っているじぶん同士でね。

ときには、 いつも「してあげている」方のじぶんに向かって、
今日はもう大丈夫だよ。
休んでいいよ。 いつもありがとう。

そんなふうに、 声をかける日があっても、 いいんだと思う。

これはわたしをしあわせにするご自愛論のひとつ。(仮説中)

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mederu days|しあわせ観察日誌

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