自分を破壊するアート。現代アート過剰考察
約25億円で落札された、あの“破壊された作品”
2018年、サザビーズのオークションでバンクシーの《Girl with Balloon》が落札された直後、額縁の内部に仕込まれていた装置が作動し、作品はその場でシュレッダーにかけられた。落札額は約2億円。オークション会場で「売れた瞬間に壊れる」という出来事そのものが作品化され、美術史に残る事件になった。
裁断後、この作品は《Love is in the Bin》という新しいタイトルを与えられ、単なる損傷品ではなく、新しい作品として扱われた。そして2021年に、バンクシーの《Love is in the Bin》はサザビーズで約25億円という裁断前の10倍以上の値段で落札され、アジアのコレクターの手に渡った。
あまりにも有名なこの事件は、しばしば「市場批判」や「話題づくり」として語られる。けれど、この出来事の本当の面白さは、単に作品を壊したことではない。むしろ重要なのは、グラフィティ・アートがもともと持っていたヴァンダリズムの論理を、バンクシーが自分自身の作品に向けて適用したことにある。
自分自身へのヴァンダリズム
この事件はよく「アート市場への皮肉」として語られる。もちろんそれは間違っていない。ただ、もっと面白いのはバンクシーはここで、グラフィティ・アートがもともと持っていた、他人の所有物を破壊する行為であるヴァンダリズムの論理を、他人の所有物となった自分自身の作品に向けて適用してみせたことなのではないか。
グラフィティは、他人の壁や都市空間に描くことで成立してきた。そこでは描くことそのものが、所有や秩序への介入であり、小さな破壊でもある。つまりヴァンダリズムは、ただ壊すことではなく、すでにある価値の枠組みに傷を入れる方法だった。だとすれば、世界的なアーティストとなり、自作が高額で売買される存在になったバンクシーにとって、次に介入すべき対象はどこだったのか。答えはたぶん、自分自身の作品だった。
破壊を作品化する系譜
もちろん、破壊そのものを作品化する発想は、バンクシー以前からあった。1960年のジャン・ティンゲリーの彫刻作品《Homage to New York》もまた、MoMAで実演された「自己構築し、自己破壊する作品」として知られている。壊れることは失敗ではなく、作品の成立条件だった。
ただしバンクシーが現代的だったのは、その系譜をオークションとメディア環境の中でやってみせたことだ。彼は単に自壊する作品を作ったのではない。売れる瞬間 を破壊の舞台に選び、その瞬間ごと作品化した。そこでは絵そのものだけでなく、落札、驚き、動画、拡散まで含めて作品の物語となった。
バンクシーが壊したものはなんだったのか
結局のところ、バンクシーが壊したのはキャンバスだけではなかったのだ。作品は完成したまま保存されるものだ、という常識。市場に入った作品は制度に従うしかない、という常識。グラフィティは制度の外にしか存在できない、という常識。その全部を、彼は自分の作品を壊すことで、それらの常識も同時に破壊した。
バンクシーは、資本主義社会で成功した自分自身にグラフィティを仕掛けた。あの事件の凄さは、そこにある。しかもそれを、ちゃんと成功させてしまったことにある。
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