ベビーカー、なぜそんなに嫌がるの?──結局“荷物台”だった日々を振り返って
「今日はちょっと遠出するから、ベビーカーいるよね」
「でも抱っこ紐も持っていこう」
「まあ、歩きたがるかもしれないから一応スニーカーも履かせて…」
──そんなふうにして、万全の準備で挑んだお出かけ。
でもね、そう上手くはいかないんです。
うちの子、気分屋でした。
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こんにちは
親子の睡眠コーチ、おでこです。
【眠ることは生きること】
看護師/睡眠の専門家/2児の母。
今日は、
「ベビーカーに全然乗ってくれなかったあの頃」
について、ちょっぴり笑いながら振り返ってみます。
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出だしは順調──機嫌よくベビーカーに乗る我が子
お出かけのスタート。
よしよし、今日は機嫌が良い!
ベビーカーにすんなり乗ってくれた!
「このまま目的地までスムーズに行けるかも♪」
──なんて、思ったのも束の間。
「歩くー!!」
と、突然の自己主張。
まあ、成長の証だよね。自分で歩きたいのね。
と優しく見守りながらスタスタ進む我が子を見つめる。
けれども──
5分後:「つかれた…だっこ」
キターーー(涙)
「ベビーカーあるじゃん!乗ってよ!」
「やだ!だっこ!!」
このときばかりは、ベビーカー完全無視。
本人は、乗らない。
歩かない。
でも、抱っこ。
そして腰にはすでに抱っこ紐。
肩にはマザーズバッグ。
手には飲み物やらおやつやら。
前方には荷物を載せたベビーカー。
──もはや私は移動式キャリーカート。
そして、ベビーカーは“荷物置き”と化す
最終的に、
ベビーカーは“誰も乗らない”けれど“誰よりも活躍する”存在に。
・水筒置き
・おやつバッグ置き
・買い物袋置き
・上着置き
・最終的にはママの希望まで乗せてる(←?)
なのに道の段差では持ち上げなきゃいけないし、
電車ではたたまなきゃいけないし、
狭い通路では気を使うし。
……え、これって必要だった?
って思ったこと、数えきれません(笑)
でも今思えば、“成長の証”だったんだなぁ
なんであんなにベビーカーを嫌がったのか。
「座って移動する」より、
「自分で歩く」「抱っこで甘える」の方が心地よかったのかもしれない。
不安な場所ではママにくっついていたい。
でも自分の足で歩きたい気持ちもある。
そんな揺れるこころと体の狭間での自己主張だったんでしょうね。
今となっては懐かしい。
ベビーカーを押して、子どもは抱っこで、額に汗をかきながら歩いていたあの日。
その日はしんどかったけれど、
あの時間があったからこそ、「歩けるようになった」がより一層感慨深いのかもしれません。
最後に
せっかくのベビーカーも、子どもの“気分”ひとつで置き物に。
でも、それも全部、一歩一歩の育ちの道すじ。
あの頃の私は、
「何のために持ってきたんだろう…」とグチグチ思っていたけれど、
今なら言えます。
「あの時期ならではの、親子の風景だったんだな」って。
ベビーカーは荷物置き、
そして私は全荷物+子ども担当。
──そんな思い出も、宝物。
