見出し画像

タイ最凶ファイター、エム・コントゥアラーイを再訪(2025年9月20日)

前回、”タイ最凶ファイター” エム・コントゥアラーイ (コントゥアラーイ・JMボクシングジム) にインタビューを行ったのは2022年で、すでに3年前となった。その頃はまだ日本のリングにも上がっておらず、日本ではまだ知る人ぞ知るファイターであった。2022年のインタビューの内容は著作の「ムエタイ裏街道」でも紹介しているが、この時の訪問が、著者が地下格闘技・ファイトクラブタイランドや刑務所ファイトへ取材するきっかけともなった。

そして、今回は3年ぶりにエム・コントゥアラーイのジム、JMボクシングジムに訪問させてもらった。「ムエタイ裏街道」出版の挨拶という名目での訪問だったが、ジムは新しい場所(バンコク、プラプラデーン)にてリニューアルしており、日本遠征について、近況について、エム・コントゥアラーイが色々と話をしてくれた。今回はインタビュー形式で話の内容を紹介したい。

彼のプロフィールなどについては、下記リンクの、3年前のインタビューを参考にして頂きたい。


日本遠征について

ーーエムさん(エム・コントゥアラーイ)、お久しぶりです。ファイトクラブやベアナックルファイトの会場でお会いしましたが、こうやって話を聞かせて頂くのは3年ぶりです。この3年で日本デビューもされましたね。チャンピオンも獲得したり、RISEトーナメントに出たり

日本へは2年前の名古屋の試合(2023年4月)が初めてで、それから5‐6回行くことになりました。試合以外では2回ほど訪問して、その時はリラックスして楽しめました。1回はRISEの表彰式、もう1回はタイフェスティバルのゲストで参加しました。

RISEの表彰式の際は、東京は雪が降っていました。雪はいつも降っているわけではないから幸運だと、現地のコーディネーターに言われました。自分では何とも思わなかったけど。

最後の日本の試合(2024年10月、FIGHT CLUB2)については、ウェイトオーバーで関係者に申し訳ないことをした。タイで計った時に体重計がおかしかったと思う。日本に到着して計ったら、相当オーバーしていて焦りました。

到着したその日にサウナなどで2キロ落とし、次の日は走って落とそうと思ったら外は雨、、それでも走ってもう1キロ落としたのだけど、時間はアウト。最終的に2.5キロオーバーということでファイトマネーも半分カットされた。それでも試合を成立してもらって感謝しています。

試合はKOされなかったけど、急な減量でリングに上がった時にはもう疲れ切っていました。

RISEでの南原健太の試合(2023年5月)は、ダウンを取ったものの逆転KO負けとなりました。彼は相当強いと思う。背も高いし、対峙して迫力があった。試合ルールについては、キックボクシングは慣れていないので、自分には難しい面がありますね。

今まで獲得したMXムエタイ、WBCアジア(ボクシング)、
IMSA世界ムエタイのチャンピオンベルト

※2023年名古屋の試合(実方宏介戦)

キックボクシングは難しい

9歳の頃にムエタイを始めて、身体にムエタイが染みついています。キックボクシングで実績を残しているシッティチャイペッタノンのように、ムエタイ選手がキックボクシングに対応できるのには5年くらい掛かると思う。こないだは、タワンチャイも日本でやられたけど、準備していかないと日本のキックボクサーは強いから危ないです。

ムエタイとキックと、どう違うか、、間の取り方とか、向かい合った際の駆け引きの面とか異なります。ムエタイの場合、膠着状態になったら距離を詰めて組む。そこで休むことができる(笑)キックボクシングだとずっと集中して、動いていないといけない。

日本でキックの試合をした時も、ついつい首相撲を仕掛けたら、すぐにイエローカードを出されてしまいました(笑)

ーーボクシングでアジアタイトルなど獲得していますが、キックボクシングとボクシングではどうですか。

ボクシングもキックと同じく難しいですね。同じく集中して駆け引きしていく。ムエタイの方が身に染みついており、楽です。

復帰戦はいつになるか

ーー1年ほど試合から遠ざかっているようですが、もう試合はしませんか?今、体重は何キロありますか?

日本で負けた後は、ジムの運営のほうに力を入れています。自分が試合するよりもこちらのほうが良いと思ってやってきています。でも、声が掛かれば試合をしますよ。日本でもやります。

体重は94キロです。RWSなんかはヘビー級の試合出場を誘ってきます。RWSでは2回リングに上がって、2回とも勝利を収めることができました。

その時試合した選手とリマッチを組みたいとかで、オファーが何度かありましたが、大きすぎる外国選手との試合ばかりです。自分ももう45歳なので、あんまり無理な試合は受けません。

※RWSでのファハド戦(2024年6月)

ーーONEチャンピオンシップはどうですか。エムさんはより過激なベアナックル(BKFC)やMXムエタイにも出ていました。

ベアナックルは1回出場したけど、ちょっと怖かったですね。そうそう、MXムエタイが薄いグローブ(MMAグローブ)のムエタイの元祖と言えますね。薄いグローブのムエタイになると、試合後はみんな鼻が折れたり、目をカットしたり、拳の怪我ですぐ病院に行ったり。

昔のムエタイは5ラウンドの駆け引きがあり、お客も理解して盛り上がっていた。ONEのような、KO狙いだけではムエタイの文化が消えてしまう気がする。昔は、試合後は会場の周りで、選手と応援団が一緒に座ってご飯を食べて慰労会をしたものです。ONEだと、選手はすぐに病院だからムリ(笑)

囚人ファイター時代の思い出

そうそう、私が刑務所から試合会場に行ってた頃も試合後は、家族とご飯を食べていました。

収監されていた頃、普段は刑務所内で練習して、試合の度に外に行かせてもらうのです。初めての外の試合は、ランシット(バンコク近郊、パトゥムタニ県)のフューチャーパーク(デパート、商業施設)の前の特設リング。その時にお母さんに電話させてもらったんですが、お母さんは「どうしてエムが電話できるんだ?」と相当驚いていました。

それ以降は試合で外出する度に、試合が終わるとお母さんも一緒に輪になってご飯を食べて。普段刑務所で濃いものを食べていないから、初めて外でガパオを食べた時にはお腹を下しました(笑)

その頃はボクシングのABFウェルター級チャンピオンだったのですが、プロボクシングの活動などで5年の減刑を受けることになりました。(懲役18年から13年に短縮とのこと、、これも元々懲役30年だったなど所説あり、正確ではないかもしれない。)

マニー・パッキャオと試合をする話もありましたが、私が刑期中の身あるので、話が進まなかったようです。

ABFウェルター級王者時代のエム・コントゥアラーイ、
当時のリングネームは「チャランポン・シンワンチャー」


JMボクシングジムについて

ーージムの紹介をお願いしてよろしいですか。きれいなジムですね!

JMボクシングジムは、新しい場所に移ったばかりです。元々は寿司屋だったり、カフェだったりの建物なので、お洒落に見えます。内装はそのままにして使っています。

リングはなく、フィットネス、体力づくりが目的のジムで、学生や子供の練習生が多いです。子どもたちには、しっかりした基礎を身に着けてからでないと試合に出しません。今、小学生の女の子で3人ほど、見所のある子がいます。1人は3‐4か月で6試合して4勝2敗、何らかの大会で優勝するかチャンピオンを獲得できると思います。

そして、来年になりますが、ラヨーンでプロ選手育成のジムを開くプランもあります。新しいジムを開いたら、私がラヨーンに常駐し、こちらのジムは今のトレーナーに任せることになるでしょう。今のジムは私と、もう1人のトレーナーで見ています。今日は彼が休みだったから、午前中は10人のミットをひとりで持った。大変でした。(訪問は13時頃で、午後の練習時間の前)

ーー今日はありがとうございました。また、書籍の「ムエタイ裏街道」についてもエムさんのお陰でいいものが書けたと思っています。ラヨーンのジムがオープンしたらまたお伺いさせてください。

※ 訪問を終えてーー エム・コントゥアラーイは前回訪問時にも増して、元気な様子、彼が若返っているような錯覚にもとらわれる。ラヨーンのジムで彼が手掛ける選手を見てみたい。

3本のベルトと一緒に
「ムエタイ裏街道」を持って撮影

※JMボクシングジムの場所、地元の学生や一般の人向け。バンコク中心街からは車で30分~1時間弱。

※著作ムエタイ裏街道

いいなと思ったら応援しよう!